第38話
「……え?」
思わずワイバーンへ目を向けると、首をのけぞらして笑っているのが見えた。……何か面白い所でもあった?と、疑問符が頭の中を駆け巡る。既に現状を理解できなくなった私は、呆気に取られてワイバーンの言葉を待つしかできない。
――面白い。確かに、諸悪の根源はそこの二人だけだな。人間が私に畏怖するのは理解できる。
「でしたら……」
――悪いのは、その二人だけだ。他の者は害さぬ。余計な攻撃は止めろ、不愉快なだけだ。
ワイバーンの言葉に、騎士団達や魔術師団は抜き身のままになっていた武器を慌てて収めた。
「嘘……だろう」
国王は驚愕に目を見開いて、上空を眺めていた。ワイバーンの声だけでなく、何故かミゼラ公爵令嬢の声までもが城に届いている……という事は、先ほどのやり取り全て王都に居る人間達にも聞こえている事だろう。
「伝説のワイバーンに……シアが従えているのが……本当に聖獣だと言うの……?」
王妃も驚き、扇子で表情を忘れる程に先ほどまでのやり取りを見入っていた。
王太子が言っていた事は本当だったのだ。シアが従えていたのは本当に聖獣で、伝説なんかではなく実在していたと。
しかもシアに手を出せば命はないとまで言っていたのだ。
「あ……あぁ……」
恐怖、もしくは後悔なのか。既に脳内では処理できない程の感情が溢れ、身体が震えて立っていられなくなる。
自分達はシアに一体何をしてきたのか、そして第二王子が何をしでかしたのか。既に王族だから、なんて言う事は免罪符にならない。聖獣はそれ以上の存在だ。
目の前に圧倒的な力と権力が現れ、今まで自分達がどれだけ地位と権力の上に胡坐をかいていただけなのか理解した。実際、国の危機とも言える状態を作り出したのは王族で、更にそれを対処する事も出来ない無能さを曝け出した。
「……ミゼラ公爵令嬢は本当に有能ですね」
宰相が放った、全て詰め込まれているだろう言葉に対し、大臣達も無言で深く頷いた。その圧力に、国王と王妃は気力が尽きたように膝から崩れ落ちたところに、更にトドメとなる民の歓声が耳に届いた。
「さすがは王子妃……っ!」
「いや、第二王子が勝手に婚約破棄をしたらしいじゃないか」
「浮気のやつか」
「ならば王太子妃だ!」
「お互い相手が居ないぞ!ちょうど良い!」
騎士団や魔術師団の面々が勝手に騒ぎ出す内容に思わず狼狽える。既に貴族令嬢から離れて暮らしている私としては、今の暮らしを手放す気がない。貴族というだけで堅苦しいのに、王族に名を連ねるなど御免こうむりたい。しかも相手が居ないからとか……当人の気持ちは完全無視な辺り、流石政略結婚ばかりのお国柄だと思わざるおえない。国に縛り付ける思考回路が当たり前に出てくるなんて、前世の記憶持ってる今となっては気持ち悪いだけだ。
「やめないか!無礼だぞ!」
王太子が声を上げて注意をするも、それ以上の完成が騎士団や魔術師団から放たれる。日頃の訓練の賜物なのか、騎士団の肺活量は目を見張るものがある……と、感心してしまう程だ。鼓膜が破れそう……。
「いい加減にしろ!」
王太子の苛立ちが酷くなっていく中、フィンも無言で怒っているのか冷たい空気が流れる。ワイバーンも空気を呼んだかのように静かだったのだが……。
――あれは?
「え?」
遠くに見える、素早く移動する影を見つけたワイバーンが声を漏らす。その影が何なのかはっきりわかった時、私は思わず目を見開いた。
遠くに居た影の集団が王都に辿り着いた。素早く移動出来たのは、魔獣が協力してくれたお陰だろう。森で一緒に暮らしていた獣人達や魔獣達が、心配してきてくれたのか、各々が武器を持って王都に入り込み、私の名を叫びながらワイバーンの元へ向かってくる。流石にワイバーンという驚異が目の前に居るせいか、私の名を叫んでいる為か、獣人や魔獣が集団で来ても怯えている感じはするものの、特に誰も動かない。
疑問符が浮かび上がるような獣人達も、ワイバーンの隣で一緒に居る私とフィンを見ると、呆気に止まった。
「……シア?」
「まぁフィンが一緒だし……ね」
「心配してなかった……いや、それでもやっぱり心配する気持ちはあったけどさ」
各自、色々思う所があるのか、複雑な表情をしながら言っているけれど、駆け付けてくれた気持ちが嬉しい。
――好かれているのだな。
ワイバーンの声に、フィンの威圧が少しやわらいだ。そう思ってもらえるのも嬉しい。今までの時間は無駄でなかったし、本当に家族のような存在なのだ。
そんな和やかな空気は、すぐに壊された。
「王太子妃!」
「この国は安泰だ!」
騎士団や魔術師団の放った声が、王都の民にまで届いていた為、民達もこぞって声高らかに叫び出した。ワイバーンと話し合い、獣人や魔獣に慕われているなんて今までの価値観を一気に変える事なのに……安心である事が分かったからか、いきなりの賞賛だ。
ここまで来ると、もう王太子1人が叫んだところで収集がつかないだろう。此方としても不本意でしかないのだけど……。
フィンの怒りもまた再熱したようで、どうしたものかと考えていると、獣人達が怒り始めた。
「黙れ!身勝手な人間めが!」
「勝手な婚約破棄から、あんな扱いをしておいて!」
城下にも噂程度に広まっていたのだろう。騎士団や魔術師団だけでなく、民達もバツが悪そうに顔を下に向けた。
獣人達は、あまりの勝手な言い分だと次々に声を上げて私の代わりに怒ってくれる。むしろ第三者的な立場で聞いてると、本当に私の扱いが雑すぎるとさえ思えてくる程なのだが……。
――人間共、愚かなり。
一気に風が巻き起こったかと思ったら、ワイバーンの低く威圧感ある声が響いた。その声と同時にフィンまでも同意するかのように吠えたかと思えば牙をむいた。
「ヒィイッ!」
「きゃぁああああ!」
獣人や魔獣だけでなく、ワイバーンや聖獣までも敵に回したと理解したのか、目の見える範囲に居る全ての人々が跪き、頭を垂れた。驚異的な力って凄い……もうこれ恐怖で支配してるよ……。
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