第41話
気が付けば、何故か全く知らない世界に聖獣として存在していた。自分勝手で傲慢な人間達は、生物の頂点に居るかのように振舞い、土地を自分達のものだと言わんばかりに制圧している。
聖獣として何を守れと言うのか。
そんな事を思いながら、聖獣としての役目は地に留まる事以外、放棄していた。
くだらない。
人間を観察するのにも飽きてきた……けれど……。
――真冬。
懐かしい声を思い出す。それは犬として生きてきた記憶に残る飼い主。
何故、前に生きていた生の記憶を持っているのかなんて分からないけれど、その記憶はとても大切だった。
愛されて、大事にされて……温もりを感じて。
毎日が幸せで楽しかった日々。そんな思いでがあるからこそ、完全に聖獣としての役目を放棄する事なんて出来なくて……。
――少しくらいは人間を助けて良いかもと思ってしまう。
外に出るのは危険だと言う事も分かっていた。
今の人間は感謝なんて覚えてないから。
強欲で全てを奪い取る程だから。
……でも。
前世の夢を見てしまえば、気持ちは揺らぐ。
あの人のような。
あの人みたいな。
そんな人間が居るのではないかと。
――そして外へ出てみれば……出会えたんだ。
案の定、人間に怪我を負わされたけれど、助けてくれた人が居た。
最初は、ご主人様に心が似ている人だと思った。
でも、その心が嬉しくて……側に居たくて……。ずっと傍に居たくて……その温かさに触れていたくて……。
そしたら、本当にご主人様で。
――離れたくない。
――放したくない。
――もう1人は嫌だ。
絶対に守る。そう自分自身に誓った。
◇
「フィン?フィーン!……寝てたの?」
呼ぶ声が聞こえて目を開けると、そこにはシアの顔があった。
「……うたた寝してたみたい?」
「余程、疲れていたのね」
犬だし。と、ボソリと聞こえたのはスルーした。未だ犬扱いされても……いや、聖獣の姿は確かに犬に似ているけれど。
今はシアと同じ物を食べる事も、同じ視点で物事を見る事も出来る。
「……どうしたの?」
「あっ!そうだった」
何もなければ、わざわざ起こしてまで呼ばないだろうと思って訊ねてみると、案の定、用事があったようだ。
「お父様とお母様、それに王太子殿下……いや、国王様もいらしてるの!フィンに会いたいって!」
「…………」
「……そんな嫌な顔しないで……」
ダリス陛下はともかくとして……シアのお父さんには散々注意を受けていたのを思い出す。
シアとの距離が近いとか、シアの従者である事を忘れるなとか……あれが父親の感というものなのだろうか。まぁ、それも仕方ないかと思い、腰を上げてシアの後を追う。
森の中にある、俺達のカフェに。
「これは?」
カフェに入ってすぐ目についたのは、ミゼラ公爵が難しい顔をしながら、膝に乗せたワイバーンのタオルでごしごし磨いている奇妙な光景だ。
「ワイバーンの鱗って触るとツルツル気持ち良いわよ!」
「だから、お父様は磨いてるのね……?」
――磨かれるのは気持ち良いものだな。
お母様がワイバーンの磨き終わった鱗を満面の笑みで横から撫でていく。ワイバーン自体も満更ではなさそうだ……。というか、お父様の顔はどんどん眉間に皺が寄っていくのだけれど……?
思わずジッとお父様の顔を眺めていると、それに気が付いたお母様がため息をついた後、話始めた。
「フィンがシアに忠誠以上の感情を持ってるという感が当たった上に、シアが森に住むとか言うでしょ?一緒に住めないなんて、もう嫁に行ったも同然だって寂しがって……」
その通りだったのか、お母様の言葉にお父様の身体が一瞬ビクリと上下したかと思ったら、ワイバーンの鱗を思いっきり力を入れて磨きだした。
――痛い!微妙に痛いぞ!?どうした!?
そこまで騒ぎ立てる程でもないが、痛みがあるらしいワイバーンは、お父様の様子を気に掛けるも、それどころじゃないお父様は一心不乱に磨き続けている。その光景を見ながら笑ってワイバーンを撫でているお母様は、ある意味で強者かもしれない。
どの世界でも、どの時代でも、父親というものは同じなのかもしれない。娘という存在に悪い虫がつく事も、嫁に行く事も……素直に喜べないのだろう。……私は前世と今世、女なので想像でしか理解できないけれど。そんな事が書かれている漫画や小説、ドラマや映画を前世でしっかり見た程度だけど。
「……ダリスは?」
お父様は放っておこう。その気持ちが一致したのか、フィンはこの場から離れるかのように国王陛下の名前を呼んで視線を彷徨わせた。
ふと目に着いたのは様々な料理が並ぶテーブル……に座り、色んな料理に手をつけている国王陛下。
「シア!フィン!相変わらず、ここの料理は美味しいな。何人か料理人として連れ帰りたいくらいだ」
「お城で働いてみたい!」
「国王陛下の元でだったら、安心して働けそう!」
国王陛下が自らそんな事を言えば、日々料理を手伝ってくれている子達が次々に手をあげて立候補していく。大人の中には、まだ人間への蟠りがある獣人も居るけれど、幼い子ならば別だ。国王陛下も立候補してくれた子達を嬉しそうに眺めている。
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