第42話
「……人間と共に獣人が働けるようになる日も近そうだな」
「そうね」
――平和だな。
聞いていたのか、ワイバーンも答える。
差別もなく、昔のように……平和で共存できる世界が来るのも、本当に近そうだ。
◇
「それで、どうなったのですか」
「あぁ……公爵の想像通りだと思うよ」
森から帰る道中、同じ馬車に乗ったミゼラ公爵夫妻と国王陛下は、内々の話を始めた。こんな話は、ミゼラ公爵令嬢の前でする事ではない。というか、知る必要がない。森の中は平和で笑顔溢れる世界だ。それを過去の辛い思いでと共に血なまぐさい現状を語る必要性を感じない。
第二王子であるディアス・ヴィ・アルヴァンが起こした婚約破棄という事件は王族という立場を利用して、リディア・ファルス伯爵令嬢が優秀であれば無かった事になっていた。王族に名を連ねる事など出来る人物ではなかった為、何事もなかったかのようにミゼラ公爵令嬢をそのまま迎え入れてしまえば終わっていただけの話だ。
……ただ、ミゼラ公爵令嬢は貴族という立場から逃げた上に、専属従者が伝説の聖獣だった。王族と聖獣ならば聖獣の方が力を持つ。挙句、ディアス第二王子はワイバーンを召喚し王都を混乱に陥れたのだ。被害がなかったとはいえ、あれだけの群衆に知られてしまえば、もうなかった事には出来ない。歴代の王族を振り返ってみても、類稀なる汚点を残したのだ。
――そして、聖獣は前国王が統治する王政を良しとしなかった。
貴族や民衆達は、フィンがダリス・ヴィ・アルヴァンを指名した事からそう結論づけた。
結果、前両陛下は幽閉の身となり、今後一切外に出る事は叶わない。そして騒ぎを起こしたディアスは処刑となった。更にリディア・ファルス伯爵令嬢も、一族諸共処刑処分となった。それだけ王都に騒ぎを起こした事や、聖獣を敵に回すかもしれなかった事を重く見たのだ。
「他の者達は?」
「廃嫡されてるね。元オスティ侯爵令息だけは、そちらの方が合ってるようだ」
ディアスの側近達は、側近なのに止められなかったと言う事で全員廃嫡された。廃嫡だけで済んだのは、ある意味で王族に刃迎えない部分もあった事を顧みている部分もあるし、最終的に自ら間違いに気が付いたという点も含まれている。
……それに比べ、ディアスとファルス伯爵令嬢は、最後まで自らの過ちを認める事はなかったけれど。
元オスティ侯爵令息は、再度一からやり直している。元々、ネガティブな思考が強かった事もあったせいか……罪の意識に苛まれつつ貴族としても動けなかったという事もあるのか、下っ端として生活している今の方が心地よさそうだ。
生まれる環境は選べない。元々貴族としての質が合わなかったタイプなのだろう……元オスティ侯爵令息や……そしてミゼラ公爵令嬢も……。
「まさか、数年でこんな光景を見られる事になるとは思わなかったわ」
「そうだね」
「聖獣様々ね」
「……」
王都全部が見渡せる高台で、私はフィンに嫌味を込めた言葉を吐くが、フィンはそっぽ向いてスルーした。
眼下に広がる王都には、人間と獣人が笑い合い、手を取り合いながら暮らしている。そこに隷属の契約なんて存在せずに。そして魔獣とも戯れていて、完全に今までの固定観念を外し、種族の枠を超えた生活。
――昔のようだな。
祈りを覚えていた頃、感謝をしていた頃。このように種族を超えて手を取り助け合って生きてきたのだろう。
「魔獣のキッカケは、ある意味でワイバーンと国王陛下のおかげだと思うけど」
ポツリと呟いた私の言葉に、フィンは吹き出し、ワイバーンは肩をすくめた。
以前、ワイバーンがサラマンダーを連れてきた時に、何故かサラマンダーと国王陛下の気が合ってしまい、そのまま一緒に暮らしているのだ。……サラマンダーは食べ物が美味しいとご満悦な様子で、互いに楽しい生活を送ってるようだ。
――そろそろ行かなくて良いのか!?
慌てたようにワイバーンが言う。今日は両親に呼ばれて王都に来たのだ。邸へ向かう前に、無意味な差別を打破した風景を見たかったのだ。
そして邸へ向かった先では……。
「おめでとう~!」
「やっと来たか」
色とりどりの花が中庭を飾り、ガーデンパーティが開かれている。そこには家族だけでなく仲のいい獣人やお世話になった村の人々、更には国王陛下まで居て……。
「これどうぞ」
「これも!」
「え、何!?」
メイド達にベールと花束を渡され、むしろ混乱状態にしかない。花束はともかく、ベールって……。
「とうとうシアも嫁に行くのか……」
「もう行ってるようなものでしょ」
「え?!」
両親の会話に思わず突っ込んでしまう。嫁って……何これ花嫁のつもりなの!?
「皆が気兼ねなく参加出来るならって事で、簡易なものだけど……式なんて所詮、形だけのものだし」
そう言って、フィンが私の前に跪いて手を差し伸べた。確かに前世でも紙切れ一枚で夫婦になり、祝いの場という形で結婚式が設けられる。
「これからも一緒に居てくれる?」
フィンらしい言葉だと思う。形とか、そういうのでなく、ただ一緒に居るか。心の繋がりは目に見えないもので、目に見える形で安心を得ている。
人間だからこその形で、犬であったフィンとしては、問いかける事もなく側に居るだけだろう……そう考えたら、今までもずっとそうだった気がするけれど……それが変わるとは思えない。そして変わって欲しくないと願う。
「前世から今世……そして来世でも」
返した言葉にフィンは嬉しそうな表情を浮かべ私を抱き上げた。
今まで変わらなかった絆、きっとこれからも変わらない。
【完結】婚約破棄された悪役令嬢は攻略対象のもふもふ従者に溺愛されます かずき りり @kuruhari
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