第18話

「何ですかコレはー!」


 森に絶叫が響いたかと思ったら、そのまま気を失った人が1人。よく見れば村の雑貨店店主だった。


「……お父様?お母様?」

「あー……忘れてたな」

「シアの知り合いだったみたいだから……」


 獣人と人間が対立関係にある、という根本的な事を忘れていただろう両親に、獣人達でさえも呆れた眼差しを向ける。数人の獣人は店主を起こそうと手を伸ばすも、その手を止めて宙を彷徨わせたりしているのは、自分が触れて良いものかどうか悩んでいるのだろうか。密かに視線がこちらに向いて助けを求めているようだ。


「……俺が運ぶ」


 仕方ないと言わんばかりにフィンが動いて、店主を部屋に連れていった。と言っても、保護施設の方ではなく、普通に客間の方へ運んで行ったのは目覚めた後の事を考慮してだろう。


「どういう事?」

「えーっとだな……」


 両親を問い詰める私を黙って見つめたまま獣人達は食事の準備を進めている。ただ、その目は憐れんだような呆れたような、何とも言えないものだった。








「つまり、話が盛り上がって、つい。と?」

「だな」


 話を聞くと、立ち寄った村で大人気となっていた料理を見て、両親も興味を持ったと。話をしてみると私のレシピだという事を知り、だったら一緒にカフェへ行こうと誘ったとの事だった。

 店主の方も、他に知らないレシピがあるのならば是非という形で着いてきたと言うのだが……。


「ここは無料の子ども食堂を兼ねたかのような保護施設であって、カフェじゃなーい!」

「じゃあ人間向けにカフェをすれば良いじゃない」


 私がそう叫べば、お母様はにこやかにそう返した。


「……気絶してますけど?」

「敵意がないと知れば平気でしょ」

「皆が平穏に暮らせなくなったら困るんだけど?」

「周りを見てみなさい」


 お母様も獣人の視線に気が付いていたようだ。流石と言えば流石なんだけど……。


「……この子もいますけど?」


 木の上でお昼寝をしている、まーくんを指さして私は言う。知らないならば知らないで、わざわざまーくんを起こしてまで紹介する必要はないかと思い、そのままにしていた。最近のまーくんは、足の怪我も治ったようで、色んな所へ動き回っている。


「……この子?」

「えっ!?魔獣!?」


 木の上へ目を向けた両親は、そこに居たものに対して目を見開いた。


「フィン曰く、元々魔獣は人間に対して敵意はないと言ってたけれど」

「じゃあ問題ないのでは?」

「起きたら触らせてくれるかしら?」


 うちの両親、どこまでも国の価値観とは違う所にいるようです。なんて、私が言う事ではないけれど。獣人達からも、さすがシアの両親だとか、そんだけかよ!なんて突っ込みが聞こえてくる。

 騒々しさから起きたのか、まーくんが木の上で伸びをした後、お母様の足元へ飛び降りて、頭を摺り寄せた。うん、言ってた事を理解してたのかな。魔獣って賢いな。てか私も触りたい……。


「可愛いわ~」


 お母様はお母様で、魔獣を撫でられてご満悦のようですが、ソッとお母様の後ろに並んで順番待ちをアピールしようとしたら、シアは何時でも撫でられるでしょと却下された。解せぬ。




「え、本当に……本当に大丈夫なんですか!?」

「危険な相手だったら、気を失ってる間に死んでると思うけど……」

「さらっと怖い事言わないで下さいよ!」


 店主とフィンの声が聞こえる。もう目が覚めたらしく、皆が集まっている所へやってきた。言い合ってる内容が内容なだけに、獣人達が不快になってないかと不安になったが、ほとんどの獣人が確かに、その通りだと言いながら笑いをこらえてる。うん、平和だ。


「こちらへどうぞー」


 両親と同じテーブルに誘うと、貴族様と同じ席は!と断りが入るも、周囲を見回した後に力強くお願いします!と頭を下げてきた。うん、断ったら他は獣人しか居ないからね。でも、その席には……。


「え……魔獣……?」


 店主は椅子へ座った後に、お母様の膝で休むまーくんの姿を見て固まった。お母様は可愛いわよね、なんて言って微笑んでる。

 とりあえず意識を料理へ向かせようと、今日作った物をワンプレートの盛り合わせ状態にして目の前に置いた。しばらく料理と魔獣に対し交互へ視線を彷徨わせていたが、お父様の温かいうちの方が美味しいぞ、という一言で魔獣の事は意識的に排除したかのように料理を口に運んだ。


「美味しい!」


 店主は一口食べたら、魔獣や獣人の存在なぞ忘れたように、一心不乱に食べ続ける。その様子をお父様やお母様はにこやかに眺め、獣人達もだよなーと言いながら食べ進める。


「このレシピも売ってもらえませんか!?」

「これも美味しいわよ」

「本当ですか!?いただきます!」

「こっちもお勧めだ」

「ありがとうございます!」


 お母様が別の料理を進めると、便乗したようにエアロまでも悪戯っ子のように、別の料理を勧めた。素直に受け取った店主は、口に運んだ後、エアロの存在に気が付いて一瞬固まった。しかし、そんなエアロに対してロアが脅かしたらダメだよ!なんて言って笑い合ってるのを見て、店主は目を丸くして驚いている。


「……人間と大差ないわよ」


 お母様がそう言って、膝に居る魔獣を撫でると、魔獣もその手に頭を擦り付けて甘えている。その様子にも店主は一瞬驚いたけれど、戸惑いつつも言葉を吐き出した。


「……そうですね……皆同じかもしれませんね……怖いですけど」


 最後、呟くように言った言葉だったけれど、獣人の皆さん、耳は良い。


「俺らも人間怖いぞ!?」

「シア達は別なだけで」

「まぁ色んな奴が居るって事じゃないか?」

「良い人間も多そうよね、知らないだけで」

「それに、その料理は私達が作ったものでもあるのよー?」


 そう言って笑い合う獣人の皆さんは、本当に人間と変わらない。

 店主は、その様子に瞬きをしながら、そうですね。と言って、目の前の料理に再び口をつけた。ゆっくり、味わうように。


「皆、好意的で良かったわね」

「そうだね」


 そう言うと、フィンは微笑んで、その様子を眺めていた。

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