第12話

「よ~しよし、痛かったわね。そこまで酷い怪我ではなさそうね?でも足をやられているから、しばらく動けないかしら」


 そう言って撫でながら怪我の具合を確かめている。


「人目が付く。邸に連れていくぞ」


 大人の男性がそう言うと、自分の着ていた上着を少女ごと自分に隠すよう被せた。

 こんな人間には初めて出会った……そう思うと同時に、この少女とご主人様を重ね合わせていた。ご主人様の温かさ、優しさ。虐げられた動物を放っておく事が出来ず、自分の弟妹のような存在がどんどん増えていく、あの騒がしくも楽しい毎日。

 人間が大好きだった。だけど触れ合う事が叶わなかった、この孤独な世界で、やっと得られた人間の温もりは、ご主人様のような優しさで……。気が緩んだのか、暖かな人肌、腕の中で、思わずそのまま寝てしまう程だった。






 目が覚めると、そこは綺麗で良い匂いがするシーツの上。キョロキョロ周囲を見渡すと、豪華絢爛という言葉がピッタリの部屋だった。前世の畳が懐かしいと思う反面、本当に全く違う世界なんだと再確認する事になった。そりゃそうか、人が来ている服だって、全く違うんだ。ご主人様がいつも着ていたジャージとかパーカーみたいに動きやすい服装なんて見た事がない。


「目が覚めた?」


 驚かすような事もなく、小さく優し気な声でそう問いかけてきたのは、自分に手を差し伸べてくれた少女だった。いきなり立ち上がったり、近づいたりする事もなく、ただこちらを優しく見つめている。

 ゆっくりとした動作で動いたかと思ったら、そのままゆっくりとこちらに近づいてくるのは、拾ってくれたご主人様と同じだった。驚かさないように、怖がらせないように、こちらの様子を伺って動く気遣いと優しさ。


 この子の傍に居たい。そう思って、すぐに観察による情報収集を集めた。足を怪我していたから、治るまでは大人しく色んな人の話に耳を傾けて。

 ここは公爵家で、それなりの権力を持つ家だという事も、その令嬢だという事も理解は出来た。人間社会をもっと学ばなくてはいけないと思う反面、いつも少女に付き従う人間が目についた。

 羨ましい。そう思い、そんな立ち位置につきたいと思ったからこそ、怪我が治りきる頃に動いた。この家の事に関しては公爵に頼むのが一番で、公爵とはあの時、自分に上着をかけてくれた男性だという事も分かっていた。


「犬?前にお嬢様が保護した子じゃないか?」

「こら、ここには入っちゃいけないぞ」


 公爵の執務室に辿りついた時、その部屋を守る人間に止められた。それでも中に入りたいからこそ、その扉の前でじっと開くのを待つ。声をかけてくれた人間は少し困り顔でどうしようと言った感じだったが、すぐに待っていた人物が扉をゆっくり開けてくれた。


「……まだ足が治りきっていないはずだが?」


 少し動作は早いが、身をかがめて抱き上げてくれた。この人はきっと大丈夫、あの子が優しく育ってる。しかしこれは賭けだ。

 そう思い、抱き上げられながら執務室に入れられると、周囲を見渡して誰も居ない事を確認してから、素早くその手の中から抜け出し姿を変えた。


「っ!?」


 人間の姿に変化した自分を見て、驚き固まる公爵に対して、膝をついて頭を下げ、危険はない事を態度で示す。


「……獣人だったか……」


 公爵が緊張と共に息を呑む音が聞こえる。しかし、一対一であるこの空間を破るかのように人を呼んだり、ましてや大声を上げる事もしなかった。


「この御恩を返す為にも、公爵家の従者として働かせて下さい。」

「無理だ。この国で獣人がどう扱われているか知っているだろう」


 即答で断られた。それは理解している。だからこそ……。


「隷属の契約を受けましょう」

「そんなもの、シアが嫌がるに決まっているだろう!」


 優しいシアならば嫌がるとしても、公爵様ならばあるいは……と思っていた事が、これも断られた。


「ならば、どうすればシアの傍に居られますか!?」


 どうしてもシアの傍に居たかった俺は、思わず声を上げて、答えを懇願した。


「……どうしてシアにこだわる?自分の身はどうでも良いのか?シアにも危険が及ぶ可能性もあるのだぞ」


 俺の言葉に、公爵が疑問を投げかける。そりゃそうだろう。バレたら自分の身が危ういだけではない。隷属の契約を施すならまだしも、契約しないという選択をしたのであれば、きっと大変と言うだけでは済まされない事になる。


「俺は人の温もりに飢えていました……」


 ごまかした所で通用しないと思った俺は正直に話した。獣人は人間を敵視していると言うけれど、俺はそんな事もない。敵意というより諦めに近かったが、諦めきれてもいなかった。

 だから温もりをくれたシアを、その心を……優しさを……側で見守りたい。

 その言葉を黙って聞いていた公爵はため息を吐き出した。


「まさか、シアのような考えを持つ者が獣人にも居たとは……」


 お互いを知らなくても、そう学び教わるからこそ、凝り固まった固定観念を洗脳のように思いこみ、自然と差別を起こしている。それは悪気もなく、ただの正義だと言わんばかりに。


「シアに対する忠誠心は完璧か……」


 親馬鹿。そんな言葉が脳裏をよぎる程、公爵も結局は人の親なのだという事が理解できる。俺の人となりというよりは、どれだけシアの利になるかを考えているし、不利になる事も念頭にいれている。当たり前と言えば当たり前の事なんだけれど……。


「分かった。ならば怪我は治ったものとして、野に放ったとする。お前は人の姿をしたまま、人間の事を学べ。あと護身術もだ。それが習得出来なければ雇わない。諦めて出ていけ」

「はい!」


 それからは必死に勉強した。子犬は怪我が治ったから野に返したと言われたシアが、最後のお別れをしたかったと悲しんでいる姿を影ながら見た事も頑張る気力に繋がった。


 ――シアの為に。

 ――何より自分の為に。

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