第11話

「……シア。ちょっと良い?」

「え?何?」


 そんな事を思っていると、フィンが真剣な表情をして話しかけてきた。


「あんな料理、この世界にはないんだけど……シア、どこで知ったの?」

「……え?」

「物価や狩りの難しさ云々によって……手に入りにくい材料もあるんだよ?」

「あ」


 やってしまったかもしれない。

 フィンが簡単に調達してしまうという点や、今まで箱入りお嬢様だった私としては、こっちの世界では物価等が全く分からない。ちなみに通貨の価値も理解していない。

 私は視線を彷徨わせながら、どうしようかと考えていたが、シア?というフィンの威圧的な声に逆らうという選択肢はないのでわ?と思った。






 家に帰り、お茶を入れると向かい合って座る。ごまかしても仕方ない。きっとフィンなら……そんな信頼が私の中にある。かと言って、不安が全くないという事ではないが……。


「実は……婚約破棄された瞬間、前世の記憶が戻ったの」


 緊張からカップを持つ手が無意識に力む。一気に言葉を絞り出したが、顔は俯いたままフィンを見る事など出来ない。震えているのが自分でもわかる。


「どんな前世だったの?」


 サラッと何事もないかのように、フィンがそう問いかける。前世なんて事を言ったのに、今までと何も変わらない声色で、普段と同じような喋り方で。


「えっと……日本って国に住んでて……」


 どういった説明をすれば分かりやすいのだろう。そんな事を考えながら、言葉を紡ぐ。


「こことは全く違う世界でね。獣人なんてのは居なかったけれど、人間が動物を嫌うなんて事はなくて……動物園ってのもあってね……」


 だから、私は動物が好きだ。そして、自身は捨てられていたり、理由があって飼う事が出来なくなった犬猫の保護活動をしていた。必要があれば里親を探していたり……。仕事の合間に行っていたけれど、文明の利器とでも言おうか、インターネットという全世界に動画配信が出来るようになり、それによる収益で暮らしていけるようになった。保護活動の事、里親募集をしている子の事、最初はただ知って欲しい!家族になって下さい!という切実な願いだったのだけれど、これは私にとって、とてもありがたかった事だ。更に通販サイトに欲しいものリストを作れば、保護した子達のトイレや食べ物は何とかなった。


「真っ白でもふもふの大きな犬が居てね。その子が皆の世話をしてくれたりしていたの。あの子の協力があったから出来た事でもあったかな」

「平成から令和にかけた時代?」

「……え?」


 ついつい話に夢中となっていた所に、フィンからいきなりの言葉がかけられた。

 ……何で……年号を知ってるの……?

 訳が分からないと言った驚きの顔でフィンを見ていると、フィンは口元を緩めて笑った。


「その犬って、アメリカンエスキモードッグ?」

「っ!……どうして!」

「……本当に……?」


 どうして知っているのか。驚きを隠せない私にフィンは優しく……とても優しく微笑んだ……けれど、その両目からは大粒の涙が溢れ出している。


「会いたかった……ご主人様っ!」


 そう言ってフィンは私に抱き着いてきた。


「真冬です……!」

「えっ!?真冬!?」


 フィンの言葉に驚きを隠せない。けれど、真冬なのだとしたら……こんな偶然あるのだろうか。

 ただ断罪されるだけの悪役令嬢でしかない私だった筈なのに。


「会いたかった……」

「……私も」


 耳と尻尾を出して、抱き着きながらそう呟くフィンを私は優しく撫でながら、フィンが落ち着くのを待った。真冬と再会出来た。しかも獣人として……会話という意思疎通が出来る状態で。それは私にとっても、とても嬉しい事で……むしろ、ずっと傍に居てくれたなんて……前世でも今世でもありがとうという感謝の気持ちしかない。


 気が付いたら、この世界に居た。

 温かい部屋が消え、ご主人様が連れてくる子達も居ない。いつもの賑やかな生活から一変して、とても静かで孤独だった。真っ先にご主人様を探したけれど、見つかる事はなく……帰る場所も見つからなかった。

 今までいた世界とは違うと、頭のどこかで理解はしていたが、認めたくなかっただけだ。いつもの街並みとは違う風景。文明や化学なんてものがなく、ただただ広大な自然が広がる世界を、どうして今まで居た世界だと思えるだろう。いっそ世界は滅び、一から作り直されたと言われた方が納得するだろう。


 この世界における自分の立ち位置も、何もかも理解はしていたけれど、心のどこかでご主人様を思う気持ちは消えない。外に出るべきではないのも理解していたけれど、どうしてもご主人様を懐かしく思ってしまい、人間と触れ合いたいと思う時もあった。前世の記憶があるせいで……とは思う時もあったが、ご主人様との温かい記憶は自分にとって心の支えでもあった。


 そして……子犬の姿で出かけた時に出会ったのだ。レティシア・ミゼラに。

 何となく人間に撫でて欲しくなった。無理だと理解していても、フラリと下りてしまったのだ。勿論そこで待っていたのは人間達の悪意だ。人の子ども達に石を投げつけられ、追いかけ回され、蹴られ、動けなくなった自分を嘲笑いながら去って行った。

 結局、無駄なんだ。知ってた事じゃないか。そんな事を思っていると、人の気配が近づいてくるのが分かった。止めでもさしにきたのか。そう思ったが、小さな少女は違った。


「大丈夫?息は……あるのね!お父様!」

「やれやれ……シアは本当に……」


 呆れたような大人の声も聞こえた。何だ?何かが違う。そう思って様子を見ていると、シアと呼ばれた少女は身を低くし、下の方から手を差し伸べる。自分が怖くないようにだろう。ソッと、優しくその手が自分に触れると、ゆっくりと撫でられる。驚き抵抗出来ないでいると、拒絶されていないと理解したのか、少女は自分を抱き上げ撫でてくれた。

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