第35話

 聖獣の恩恵で潤った土地。

 人々に魔法を授け守護という形で見守る聖獣。

 魔獣達との不可侵条約。

 聖獣を大切にし祈るべき王族の義務。

 そして……聖獣の赤い瞳。


「あの従者は青い瞳をしていたぞ!?」


 ディアスは宰相の言葉を聞くと、否定の言葉を投げかけた。ディアスの言葉に、ハッとした国王陛下や王妃陛下も頷いている。


「……ミゼラ公爵令嬢の従者として側に居る為、瞳の色を変えていたと伝えたでしょう?キエラ伯爵令息とティアド子爵令息も証言した筈だ」

「ガルドとロドルスが!?」


 王太子殿下が冷たい言葉を投げると、国王王妃両陛下は思い出したかのように口を噤んだ。反して叫んだのはリディアだった。リディアは自分が不利になるような発言を2人がしていた事に驚いたが、そういえば姿を見ていない事にも気が付いた。


「おとぎ話ではなかったのか……」

「我々は敵対しなくても良い魔獣相手に、勝手に剣を向け、自業自得の反撃にて死傷者を出していた事になりますね」


 愕然とする国王陛下へ、追い打ちかのような言葉を王太子殿下が投げかける。

 実際、その通りなのだ。攻撃をしてこない相手に勝手に剣を向け、向こうの正当防衛による反撃を食らっていただけなのだ。討伐だ何だと無駄に死傷者を出していただけで、こちらが相手にしなければ悲しむ者なんて出なかった。それこそ年に数回の討伐で、一体どれだけの死傷者を出していたというのだろう。その事実は、少なくとも王太子殿下の胸を痛ませていたが、国王陛下に関しては自分は悪くない!と言った後に言い訳を考えているようだった。

 こんな者が国の頂点に立っているとは……そんな事を皆の頭によぎった時だった。


 ――やめろ。


 威圧のある低く鋭い声が、王太子殿下の脳裏に響き渡った。


「!?」

「どうしました?王太子殿下」


 ガタッと椅子を鳴らして周囲を見渡せば、驚いた顔をした宰相に問いかけられた。


「今……声が聞こえた」


 眉間に皺を寄せて奇怪な者を見るかのような表情をする国王王妃両陛下とは違い、宰相他、大臣達は優秀な王太子殿下が何かを引き寄せたか不可思議な事が起こったのかと、真剣な表情をして次の言葉を待った。




 ◇




「一体どうしたんだ?」

「どうしたの?」


 魔獣達が騒ぎ出し、獣人達が宥めようとするも、気が狂ったかのように叫び続け、忙しく動き回っている。中には震え怯える様子の子達も居て、こちらとしても一体何があったのかと首を傾げていた。


「大変だ!」


 狩りに出ていただろう若い獣人が、叫びながら物凄いスピードで戻ってきた。あの速さはチーター系の獣人だろうか、その獣人以外は獣人の姿が見えない。

 焦りや恐怖……何より絶望に近い表情を浮かべながら、言葉にならない言葉で逃げろとだけ繰り返している事から、只事ではないと理解が出来る。


「落ち着いて!」


 私もつい焦ったかのように声をかけてしまうも、こういう時こそ母親と言わんばかりに、子育てを終えた母獣人達が囲って背中を摩ったり、少し低い声で問いかけたり水を差し出したりしている。気配りとか、気遣いとか、本当に経験が物をいうのだろう。前世含めて生きている年月は多いと言っても、年を取って重ねる経験だけは積んでいない事に、少し落ち込む。……何か無駄に年齢だけ重ねているようで。

 水を飲んで落ち着いてきたのか、息が整ってきただろうチーター系の獣人は、覚悟を決めたかのようにゴクリと唾を飲み込んだ。


「王都上空にワイバーンが出た」


 シン……と、周囲が静まり返る。今言った言葉を頭の中で反芻するも、その意味を理解出来ない。


「……え?」


 思わず出た言葉はそれだけで、あまりに現実味のない報告に紡ぐ言葉を得られない。


「王都上空にワイバーンがいきなり出現したんだ!早く逃げろ!」


 更に大きい声で報告する獣人。言葉の意味を理解しただろう近くに居た獣人達は、足早に逃げる準備をする為か子どもの名前を呼びながら各地へ散って行った。

 王都上空……に……伝説の魔物……ワイバーン……。

 伝説の生物が実在する。それは聖獣であるフィンが存在する事から、伝説が伝説でない事は理解できる。……ならば……王都の上空と言う事は……。

 一瞬にして両親の顔が脳裏に過る。


「シア、逃げよう」


 フィンがそう言って私の腕を掴んだ瞬間、足元に居た魔獣が私の足にしがみついてきた。震え涙目になりながら何かに怯えるように……だけれど、何かを訴えるように鳴いている。


「シア!」


 思わず魔獣に手を伸べる私に、フィンが一喝するように名前を呼ぶ。だけど……。


「フィン!王都へ向かおう!」

「っ!それは……っ」


 ――固定観念。


 獣人は隷属させるものなの?魔獣は悪いものなの?それは違った。ならば、魔物は……?

 どこか助けを求めるような魔獣を見ながら、そんな事を思う。

 フィンが王都へ行きたくないのも理解できる。だってフィンは聖獣なのだから……でも……このまま、混乱を招いたままなのは私としても本意ではない。




 ◇




「……ワイバーン?」


 窓の外に視線を移した王太子殿下が、そんな言葉を放ち、宰相や大臣達は驚きに目を見開きながらも、同じように窓の外へ視線をうつす。

 そこには、一切抵抗する様子がないワイバーンに向かい、攻撃を続ける騎士団と魔術師団が見える。そう……ワイバーンは抵抗をしていないのだ。もし少しでも攻撃を仕掛けようものなら、すぐにこの王都は吹き飛ぶと言うのに。


 ――やめろ。


 先ほどよりも苛立ちが込められた声は、更に強い力で王太子殿下の脳内に容赦なく響き渡った。


「聞こえたか!?」


 そう問いかけ周囲に視線を向けると、宰相他大臣達の額に脂汗が浮かびあがっている。中には何が起こったのか理解できないといった者や、驚愕と恐怖で怯える者までいるようだ。


「……これは……」


 宰相は冷たい目線を国王王妃両陛下と第二王子、そしてファルス伯爵令嬢に向けた。既にそれは目上、ましてや王族に向ける視線ではない。国王王妃両陛下の信用は失墜したと言っても過言ではないだろう。

 そして……もう卓上での問題ではない。今すぐ騎士団や魔術師団に攻撃を止めさせる事が先決となるだろう。ワイバーンの慈悲が残っている間に。


「ディアス!お前も来い!ワイバーンに謝るんだ!」


 それだけ言って、ディアス王太子殿下は部屋を飛び出し、ワイバーンの元へ向かう。後ろからディアスの慌てる声が聞こえたが、着いてくる護衛の足音にかき消された。

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