第34話
しかし、一体こんなところで何をすると言うのだろう。そんな疑問がリディアの脳裏をよぎったけれど、ディアスの正気を失った目を見ていたら、絶対に何かをするだろうと思えた。
「聖獣なんて居ない……獣人は人間より下なんだ……魔獣は討伐されるべき存在だ!」
ディアスは叫んだかと思ったら、何やら聞いた事のない言葉を紡ぐ。背後に迫っていた騎士達から、禁術!?と叫ぶ声が聞こえた。
勉強嫌いと言っても、禁術は使えるのかと思えてしまう。押し込み方式の勉強術……リディアは元居た世界を思い出してそんな事を思ってしまう。リディアも勉強なんて大嫌いだったけれど、自分の好きな事だけはのめりこむ事ができた。それが仕事になるのか……と言われれば、そうでもなかったけれど。この世界よりは多種多様な生き方があったように思える。まぁ、この世界ほど勝ち負けがハッキリしてるわけでもないけど。
所詮、ヒロインであるリディアは勝ち組であって、それ以外ないのだ。むしろ勝ち組でなければいけないと強く思う。
「うわぁあ!」
「逃げろ!」
「団長を呼べ!」
「陛下に報告だ!」
頭上に黒く大きな渦状の雲が集まり始める。それはどんどん広がり、周囲に太陽の光が届かなくなって薄暗い空間に呑まれたかのようだ。周囲に居た人達は、恐怖によって腰を抜かす人も居れば、上司の判断を仰ごうと走り去っていく者もいる。ほとんどが侍女や使用人達な為、ただただ震えて頭上を眺めているだけだ。
そんな中リディアも、ただ好奇心とこれから何が現れるだろうという楽しみから、目を輝かせてその雲を見入っている。
「来い!」
王都全体を飲み込むかのような渦を巻く黒い雲に向かい、そうディアスが叫ぶと、そこには大きな鳥のような影が見えた。その影を見た侍女や使用人達は、蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げながら逃げ去った。まだ残っているのは、騎士や兵士など腕に自信のある者だけだ。
「あ……あれは……」
雲が晴れていき、その姿がうっすら目視出来るようになってくると、誰かがその名前を口にした。
「ワイバーン!?」
「伝説上の生き物じゃなかったのか!?」
「魔物だ!」
魔獣は、魔物と獣を掛け合わせたものだと言われている。けれど魔物なんて書物の中に描かれているだけの存在だったから、聖獣と同じく伝説上の生き物とされていたのだが――。
「な……なんで……」
禁術を使って呼び出した当の本人であるディアスまでも腰を抜かして頭上に居る生物を眺めている。リディアも……まさか伝説上の生き物が登場すると思わず、呆けたままその姿を見ている事しかできなかった。
――伝説ではなく、実在する。
そう、目の前で実現させてしまったのだから。
「何を呼び出したのよ!?」
「俺は……ただ……人を魔獣に変える呪いを……」
「私を魔獣に変えるつもりだったの!?」
リディアの問いかけに、使った禁術を答えたディアスは、更にリディアに詰められると同時に、その言葉を聞いた周囲の騎士や魔術師から憎悪にも似た視線をも向けられている。しかしながら周囲に気を配るなんて事なく生きてきたディアスやリディアは、その視線に気が付く事はない。
「結界を張れ!」
「行くぞ!」
「続け!」
舌打ちをしながらも、まずは出現した伝説上の魔物を討伐する事を優先とした騎士や魔術師達は各々散っていき、残った聖職者達は城を中心に結界を張る。
この国では前衛と後衛が分かりやすく、制服で色分けをされている。即座に組まれた色別の部隊は、各々の指示に従い任務を全うする為に動き出す。
今この付近に居るのは白い制服なので聖職者達が力を合わせて結界を張っているのだろう。数人外へかけて行ったのは王都を守る為だ。
黒は前線の騎士団で、既に馬で駆け出して行った。赤は後衛の魔術師団で、騎士団の後をついていく形だった。そして……。
「詳しくお話を聞かせていただきましょうか」
青い制服を着た宰相達がディアスとリディアの前に立ちふさがった。青は戦闘力がないけれど、頭脳で勝負する参謀達だ。
「クロアド!」
宰相の後ろに居たクロアドへ、リディアが声をかけるも返ってきたのは冷たい瞳だった為、駆け寄ろうとした足はその場でとどまった。
何よ、あの目!
そんな事をリディアは思ったけれども、それを声に出す事はなかった。というか、もう自由気まま我儘に振舞える程の余裕が脳内になかったとも言える。ゲームのエンディングと言える時から今の今まで、予想外な展開が起こりすぎていて、一体どうしたら正規ルートに戻るのか分からなくなっているし、そもそも考える事自体を放棄したいくらいだった。
今まで優しかった瞳が、いきなり冷たく睨みつけてきたのならば、裏切られたように感じてしまい、もう自身を奮い立たせる気力が一気にそがれてしまった。
「……クロアド……」
それはディアスも同じだったのだろう。絞り出すような声でクロアドの名前を呼んだが、その瞳に慈悲の色が現れる事はなかった。
ドンッと打ちあがる爆発に、騎士団と魔術師団が魔物の元へついたのだろう。問答無用で打ち上げた攻撃はワイバーンに当たる事もなく、むしろ表情1つ変える様子なく空を羽ばたき浮いているワイバーンの存在感に恐怖する中、ディアスとリディアは宰相達に連れられて行った。
「伝説は本当だったのか!」
ダンッと机を叩く国王陛下の顔には苛立ちの表情が見える。会議室という名の部屋に、円卓の机。そこへ国王王妃両陛下を中心に、国の中枢を担っている数人の人物達が集まっている。そこに事情説明の為にディアスとリディアも連れて来られていた。
「あ……あぁあ……」
王妃陛下は顔を青くして震えているのを自分自身で抱くようにして必死に抑えようとしているが、全く抑えられていない。
「伝説ではなかったという事ですよ」
王太子殿下が、そう口を開くと視線で宰相に合図した。気が付いた宰相は小さく頷くと、ある一冊の本を取って、それを読み始めた。それは王太子殿下が読んでいたのと同じもので、この国の成り立ちが書かれている本だった。
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