第33話

「いっそ隣国にでも亡命する?」


 馬車で森へ帰る途中に、いきなりフィンが不機嫌な表情を隠す事なく、そんな事を言い出した。


「ん~でも皆と居るのも楽しいしなぁ……」

「でもこのままだと面倒だ」


 森に居る皆と別れるのも寂しいし、隣国となれば両親と気楽に会う事も出来なくなる。そこにはやはり寂しさを感じるわけだけれど、フィンはフィンで先の事を見て言ってくれているのだろう。


「……シアをあんな奴等に渡したくない」

「……フィン……」


 今までも王太子殿下の婚約者で居た私に対して、ここまで直球に言った事はなかった筈だ。そこまでフィンに心配をかけてしまっている事に申し訳なく思ってしまう。





 ◇




「くそっ!」


 ガシャンッ!と、花瓶を床に叩き落とせば、近くに居た侍女から悲鳴が上がる。それを煩い!出ていけ!と一喝すれば、謝りながら出て行く。

 それが王族として……第二王子の自分には許されている暴言である事は理解していた。ずっと我儘が通ってきたし、これからもずっと通ると思っていた。嫌だと言えば、それは強制される事もなく、自分の言う事は絶対だったのだから。なのに今回は……。


「何で俺がっ!」


 レティシアを切り捨て、心優しきリディアと結ばれる。ただそれだけの事なのに、上手くいかない。ディアスは苛立ちでどうにかなってしまいそうだった、否、もうどうにかなってしまっているのかもしれない。


 優しい顔立ちの兄であるダリスに比べると、ディアスは厳しい顔立ちをしていた。それだけでなく、勉強や武術も兄の方が優れているというコンプレックスは、物心ついた頃には強かった。3つの年の差を考えれば、それなりに差があってもおかしくないのに、ディアスは何故か自分には何も出来ないのだと決めつけた。


 ――決めつけた挙句、何もしなかった。


 そんなディアスに与えられたのはミゼラ公爵令嬢との婚約。優秀な兄に出来の良い婚約者。こんな二人が側に居て、どんどんコンプレックスを歪ませていった。

 厳しい顔立ちと言え、整っているのは自覚していたディアスは、自分には容姿と地位しかないという事もよく理解していた。……理解していたからこそ、更に横暴になっていった。


 ――頼られたい。

 ――支えられたい。

 ――自分に意味を持ちたい。


 承認欲求を求めている時に出会った、自分を頼ってくれた上に、自分を必要としているリディア。惹かれないわけがなかった。


 ――やっと自分の存在意義が得られた。


 惹かれるのは必然と言っても良かった。それは至極当たり前のようで……何よりもリディの傍は心地よくて、生きているという実感をやっと得られたと言っても過言ではなかった。




「いけません!第二王子殿下!」

「うるさい!」


 部屋を出たディアスは、護衛や侍女達が止めるのも聞かず、リディが居る貴族牢へ向かう。


「リディ!」

「ディアス!助けに来てくれたの?」


 リディアの問いには答えず、ディアスはズカズカと室内に入ると、ソファに座り込んだ。牢とは言っても貴族向けで普通の部屋と大差ない。むしろ平民が住んでいる家の方よりもよっぽど豪華な造りだ。

 失礼な態度、と思いながらもリディはディアスの隣に座ったところ、ディアスはこちらに鋭い視線を向けて言葉を放った。


「全部……シアのせいだ」


 その言葉に、リディアの口角が上がって行った。


「シアよりもリディの方が……っ!」


 嫉妬や恨み、妬みという感情から出る言葉は、一度吐き出してしまえば、止めどなく溢れる。

 ディアスは思うがまま、罵る言葉を次から次へと吐き出していき、リディアは否定するどころか、肯定するように頷くだけだ。

 リディアはゲームのキャラ設定を思い出しながら、あえて否定する事はしない。そもそも、コンプレックスの塊であるディアスに否定の言葉は地雷と同じだ。それに、ゲームでもヒロインはディアスを否定する選択をしてはいけなかった。

 褒めて上手く利用する。

 それを念頭に置きながら、どう自分の都合良い方向へ誘導しようと、そちらに思考をフル回転させながらもディアスの言葉にリディアは頷き続ける。


「何が聖獣だ!」


 ディアスが叫んだその言葉に、リディアもハッとする。

 聖獣……その一言でリディアの脳内も憎しみに支配される。聖獣が居るから……聖獣を手に入れないと……。自分の現状を考えて、とてつもなく情けなくなる。むしろ折角ヒロインとして生まれたのに動物アレルギーになっているのかと問いただしたい。

 聖獣の攻略が出来なかった事により、こんな現状になっているというならば、いっそ……。


「本当に聖獣が居るなら、国が危機に陥れば出てくるだろう!」

「その通りだわ!」


 あんなの聖獣として認めない。認めてはいけない。


 ――いっそいなければ良い。


 そう思って、ディアスの意見に同意した。

 聖獣として動かなければ、聖獣の名を語ったとか言って処刑してしまえば良い。もし出てきたとしても、そこを捕縛してしまえば良いんじゃないか。いくら聖獣と言っても、数の暴力には勝てない筈。そこは騎士団、魔術師団がプライドを持って王族へ聖獣を献上する形に持っていきたい。


「……そうだ……」

「?どうしたの?」


 何かを閃いたように、ディアスは目を見開いた。少し間を置いて、そうだ、その手があったと興奮するかのように1人呟き始めるディアスへ、少しだけリディアは引いていた。しかし、思いついただろう案が気になる。

 頑張って笑みを浮かべつつ、もう一度問いかけるが、ディアスはそんなのお構いなしといった状態で、こちらに振り返ると口を開いた。


「来い!」


 説明する事もなく、リディアの腕を掴むと、ディアスは護衛や衛兵を振り払うかのように外へ向かう。こんな堂々とした牢破りなんてないだろうけれど、相手は第二王子殿下の為か、周囲も本気で止めようとしない、というか出来ない。

 狼狽える周囲を物ともせず、ディアスは外に出ても、まだリディアの腕を掴んだまま歩みを止める事はない。どこに行くのか……いい加減、そう問いかけようとした時、目の前には開けた草原が広がっていた。


「危機に陥れば良いんだ」


 ディオスの言葉にリディアは怪しく笑みを浮かべた後、さすがね、と肯定の言葉を返した。

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