第32話
そして今、フィンは王太子の元へ行っている。着いたら直ぐに王太子の元へ向かい、到着を知らせる事になっていたのだ。謁見に邪魔出来るとしたら、それは同じ王族くらいのものだろう。私に何か不利な事が起こる前にコッソリと王太子の部屋まで忍び込むそうだ。
……それ、何て犯罪なのだろう。なんて事は胸の中にしまっておいた。見つかれば普通に極刑レベルなのだけれど、相手はフィンだ。心配だけれど、心配する必要すらないだろう……むしろ、心配から起こる不安の方が私の心に悪影響を及ぼしかねない。
私は静かに深呼吸をして前を向く。フィンは大丈夫だ。信じよう。
そして何より、今は目の前にある私へ課せられるものと対立する必要がある。
今回は謁見の間へ通され、国王王妃両陛下の前に通される。そこにディアス第二王子までも居た事に気が付いたけれど、まずは礼節に乗っ取り国王達の前まで歩みを進め跪く。
「よく来てくれたわね!久しぶりねシア」
以前と変わらぬ笑顔と声色で話す王妃と、睨みつけるような第二王子に、気持ち悪さを覚えた。
「知っての通り、王太子には婚約者が居ない。王子二人に婚約者が居ない状態では、王族の血筋が途絶えてしまう。分かるだろう?」
「シアは正式な婚約者なのよ?まだ白紙や破棄にはなってないの。今の状態はただ我儘に動いているだけだわ」
開口早々、にこやかに、しかしながら押しつけがましい持論を展開される中、必死に無表情で居る事だけに集中する。そんな事を言ったところで、王太子殿下の件は相手の問題だし、私の方はあんた等の息子が問題なんだろうと言いたくなる。どこの世界でも、権力さえあれば自分達が悪くても、相手を悪者にして責めるのかなんて余計な事を考えながら不愉快な思いを飛ばしていく。まともに聞いていたら、こちらの精神状態がよろしくない。不敬罪にあたる事をしでかしそうだ。
「戻ってきなさい、シア。五年も一緒に居たのだから情もあるでしょう」
優しく諭すように、しかし命令的な圧をかけながら王妃陛下はそんな言葉をかけてくる。それを国王陛下は止める事なく頷いて聞いているだけだ。
むしろ隣に居る、不貞腐れて不機嫌な顔をしている息子を見ろと言いたい。いくら私を説得したところで同じ道を歩むだけだ。こちらとしても説得に折れる気はないし、このまま戻ったところで国が傾きかねない何かを、貴方達の息子はやりかしそうですけどね!
「ミゼラ公爵令嬢に何を言っているんですか!」
心の中で王太子殿下にエールを送っていると、当の王太子殿下がタイミング良く謁見の場に現れた。あぁ、家族が馬鹿で苦労する長男……と思いながらも、更に頑張って下さいと願うしかない。さすがに不敬罪で、この世からさようならは嫌すぎる。だって相手が相手だからね!
「公爵家の令嬢……更には聖獣を従えている方に無理強いなんて、何を考えているのですか!?」
「何を言ってるんだ。聖獣なんて居るわけないだろう」
「王太子ともあろう者が伝説を信じて世迷い事を言うんじゃありません」
伝説や空想に浸るより現実を見るのは大事。思わず、その点には頷きたくなったが、実際フィンは存在しているのだ。在りえない事として最初から切り捨てていては、視野は狭くなる上に選択肢も狭まる。国の頂点に立つ者だからこそ疑い信じるポイントがずれてると思うのは、実際聖獣を見た側としての感想だろうか。
王太子殿下と国王陛下が聖獣存在に対して言い合いをしている中、ふと第二王子殿下の方に視線をやる。先ほどからずっと何か言葉を発するわけでもなく、ただ睨みつけたり歯を食いしばったりしているだけだ。不満があるなら実の両親にぶつければ良いのに……そうすれば私だってこんな面倒な事に巻き込まれないですむというもの。
私の視線が第二王子に向いている事に気が付いた王妃陛下は、にこやかな微笑みを浮かべながら第二王子に声をかけた。
「ねぇ、あなたもシアに居てほしいでしょう?」
――あなたもシアに居てほしいでしょう?
その言葉にディアス第二王子殿下は頷く事なく、ずっと歯を食いしばってこちらを睨みつけている。それに負けないよう、私もずっとディアス第二王子殿下を冷たい目線で射貫くように立ち向かっていた。ここで視線を反らした方が負ける。
「ディアス……?」
何も答えないディアス第二王子殿下の様子に、王妃陛下は焦ったような声をかける。それに気が付いた国王陛下も王太子殿下ではなく第二王子の方へ顔を向けると、焦った表情を少しのぞかせた。
「ま……まぁ、仲直りの機会を、また設けよう!今は長い間ずっと一緒に居たからこそ拗れているのだろう」
「そうね!すぐ元のようになるわ!」
「じゃあ今日はこの所で。ミゼラ公爵令嬢、また」
言いたい事だけ言って、第二王子殿下を連れて国王王妃両陛下は謁見の場から出ていった。
呆れた感じの王太子殿下は、私と共に謁見の場を退室した後、ため息をつきつつ頭を下げた。
「王族の方が、そう簡単に頭を下げては……」
「いや、本当に申し訳ない。もうそれしか言えない」
あの二人から、どうやったらこんな子が……あぁ、教育係の賜物だろうか。そんな事を考えながら長い通路を抜けていく。フィンはどこに居るのだろうかと思って周囲をキョロキョロ眺めていると、それに気が付いた王太子殿下が声をかけてきた。
「待機室の前にある庭園で待ってますよ」
そう言って、庭園を抜ける通路に出た時、スッと植木の方へ王太子殿下が向かった。
「シア!」
「フィン!」
音や匂いで分かったのだろうか、すぐにフィンが植木の方から飛び出してきた。その姿を見ているとフィンが子犬だった時代を思い出す。あの頃は可愛かったなぁ……いや、今も可愛いけど……でも本来の姿は成人男性……。
「馬車まで送りますよ。……面倒な奴等が居たら申し訳ないので」
「ありがとうございます」
「……ちっ」
ここは王太子殿下の好意に甘える事とする。言葉が通じない人を相手にするのは、とてつもない労力が必要だ。テレビの向こう側にあるエンターテイメントならば笑っていられるけれど、実際自分がそこに立っている上に人生を左右される問題なのだから全く笑えない。
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