第20話

 私は生まれた時から身体が弱くて、ほとんどベッドの上で過ごしていた。閉じこもるばかりの世界しか知らない私だったけれど、物心ついた頃にはここが前世で遊んでいた乙女ゲーム「恋加護」の世界である事を理解していた。


 ――リディア・ファルス伯爵令嬢。


 自分がヒロインである事を知っていたし、身体が弱いからと両親は私を甘やかして育ててくれた。身体が弱いからという理由でマナーや勉強もそこまで教えられる事もなく、周囲にチヤホヤされるのも、ヒロインだから許されている事だと思った。

 だって貴族には貴族ならではのマナーがあるという事は分かっていたのだ。でも、それを勉強しなくて良いと言うのであれば、それはヒロインご都合主義の世界でしかない。


 ――ここでは全てゲームの強制力が働く、ゲームの世界だ。


 ヒロインである自分は全て許される。ヒロインである自分が全て正しい。だってここは所詮ゲームの世界でしかない。

 だから、一年遅れて学園へ通う事になったとしても平気だった。通ってしまえば、そこはゲームの世界。案の定、ゲームの展開通りにヒロインがもてはやされる素晴らしい世界だった。


 なのに、ゲームとは違ったが悪役令嬢であるレティシア・ミゼラ公爵令嬢は婚約破棄され、これから第二王子と結婚して王子妃になり、攻略対象に囲まれた生活を送っていくものだと思っていたのに……。王宮に軟禁されている。しかも、ずっと家庭教師をつけられて勉強三昧だ。王妃からも冷たく当たられる。


 ――こんな事はゲームに描かれてなかった。


 納得いかないし、理解できない。

 確かにゲーム通り進めた筈。唯一進めていないと言えば……。


「……聖獣……」


 声に出して、ハッとした。隠しルートである聖獣を攻略していない。そこだけが唯一ゲームと違った所。しかも卒業パーティでも本来ならば悪役令嬢に付き従っているだろう聖獣が居なかった。


「所詮、獣だからって思ってたのに……」


 何故か前世で持っていた動物アレルギーを、この世界でも持ち込んでいた。ヒロインなのに、動物アレルギーってどうなんだと思っていたけれど、前世の記憶がある以上、動物に関わる気はなかった。動物に近寄られただけで、くしゃみが止まらなくなるし涙や鼻水が出てくるのだ。だから断念した攻略ルート。

 所詮ゲームの世界だし、そんな所くらい補正が働くだろうと思っていたのだが……。


「聖獣が居れば、贅沢三昧な暮らしが色んな意味で送れるじゃない」


 確か外見はイケメンだったし、しかも聖獣だ。色々使える。とりあえず結界か何かで閉じ込めて、アレルギーが出ないようにしてしまえば良い。


「やだ、私ってば賢い!」


 所詮は軟禁、自由に出歩ける範囲が狭くなったとは言え、会いたい人には会える。使える手駒を使って、聖獣を手に入れようと決め、足早に攻略対象者達の元へ向かった。




 ◇




「オスティ侯爵令息。どうした」


 リアレスが向かったのは、この国の王太子であるダリス・ヴィ・アルヴァンの元だった。襟足まである紫の髪は第二王子であるディアスと同じだが、瞳の色は美しい緑の色だ。

 今年十八になるというのに、未だ婚約者の1人も居ない。それは、ダリスの過去に色々あったからなのだが……。


「申し訳ございません。王太子殿下。私では誰1人として止める事が出来ませんでした。ファルス嬢を始めとし、誰1人反省しておりません」


 跪き、頭を下げて懺悔のように報告したリアレスの言葉に、ダリスは思わず頭を抱えそうになっていた。


「……何が悪いのか理解していないのか」

「その通りです」


 リアレスの即答に、とうとうダリスも項垂れてしまった。王族や、その側近である貴族令息に限ってそんな事あるのかと。それなりの教育を受けている筈だろうと、思わず現実から目をそむけたくなっていた。


「……もっと早く助けてやれなくて済まなかったな」

「いえ……自分の力量というものを知れましたので……。」


 リアレスは聖職者だ。つまり結界を張る事に長けてはいるが、言い換えれば、それ以外出来ないのだ。第二王子の側近ともなれば、優秀な者ばかりが集まる中で、悔しさや、どうして自分が選ばれたのかという悲しさがあった。

 しかし選ばれた以上はと頑張っていたし、リディア嬢とディアス殿下が必要以上に近寄れば諫める事も多々あった。けれど、皆の目は冷たいもので、お前1人では何も出来ないくせにと、話をマトモに聞いてはくれなかった。


 そんな自分にリディア嬢は立派です、なんて言っていたけれど、何かがおかしいと思っていた。うまく言葉に出来ないけれど、全て上辺だけのような。だけど全部見透かされているような。


 結局、止められないのは自分の責任でもあるし、1人だけ第二王子を裏切るという事も出来ず迎えた卒業パーティでは、自分が知らされていなかった断罪劇が始まった。

 既に、自分が仲間の枠から外れている事に気が付いた時には、全てが遅すぎたのだ。


「……処分は軽いものになるよう言っておこう」

「いえ、これも全て自分の責任ですので」


 謹慎処分となって初めて、王太子殿下に声をかけられた。そこで王太子殿下に助言を貰いつつ、リディの教育等を含めて観察し、時に暴走を止めようとしていたのだが……何も変わる事はなかった。


 ――どうして、あの令嬢に皆が心惹かれたのか。


 そんな事を思っていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえた。


「王太子殿下!ファルス令嬢が……!」

「なんだと!?」


 きっと、もうどうする事も出来ない場所まで来てしまったんだ。

 リアレスは、そう思うと、肩の荷が下りたような気になった。もうここまで来てしまえば、側近という肩書も、家名も、全て諦めてしまえる。

 疲弊しきった心が、しがみ付いていたもの全てを諦めた事で、少し軽くなったような気がした。

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