第26話

「邪魔しないでもらえます?聖獣を見つけたら国の為になるでしょ」


 王太子に対して鼻で笑うようにリディアは言い放つ。そんなリディアにガルドとロドルスは慌てたように止めようとするが、既に言い放った言葉は取り消す事が出来ず、しっかり王太子殿下の耳に届いている。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


 泣きながら地面を這って、近く……手の届く範囲に居る獣人達へ精一杯の回復魔法をかけるレティシアに気が付いたガルドとロドルスは、リディアと見比べる。

 自分達が愛し信じた者は、ヒステリックに王太子殿下へと盾突き、方やいじめをした性悪とレッテルを張られた者は泣きながらに命を助ける行為をしている。……それが、虐げられるべき存在でも。

 思わず後づさってしまった二人は、動物のうめき声により肩を上下させ足を止めた。


 ヴウゥ~!


 低い獣のうめき声を出している存在を探してみると、レティシアに寄り添っている専属従者だ。

 あの幼い従者は確か獣人だったか。ホッと肩から緊張が抜けた瞬間、周囲に恐ろしい程の殺気が広がり、気を失いそうになるのをグッと耐えた。


 ――あの従者が!?


 騎士団に所属しているガルドの身体へ、一気に緊張が走る。幼いと思って油断していてはいけない。ロドルスに視線を向けるも、ロドリスは魔術師団所属で、後衛部隊だ。意識を保つだけで必死なのだろう、額からは脂汗がにじみ出ていた。王太子も、その凄さに気が付いているのか、従者に対して視線を固定したまま動けないでいる。

 それとは反対に、リディアは嫌悪感たっぷりの表情をしながら鼻で笑う。


「獣人如きが私に近づかないで。こっちはアレルギーが止まらなくなるのよ」


 そんな言葉など聞こえないと言わんばかりに、殺気を放ったままの従者はリディアに近づく。助けに!そう思って足に力を入れるも、圧倒される圧に動けない。

 ちょっと!と言いながら、くしゃみが出始めるリディアは、あんた達なにしてんの!?と罵声を放つ。守れない悔しさに何とか動け!と必死になるが、それ以上の圧が更にかかる。


「……お前達、シアを泣かせたね……?」

「それが何だって言うのよ!あんな悪役令嬢!」

「……森をこんな風にして、罪なき命を弄んだな……」

「どうでも良いじゃない!そんなもの!」


 いけない!そう叫んで止めたかったが、止められるわけもなく。更に膨れ上がった殺気に両ひざから崩れ落ちた。ロドルスは肘までついて、必死に顔だけは上げられている状態だ。王太子に至っては片足だけまだ踏ん張っている辺り、流石だとしか思えない。

 そこまでの殺気を放たれて、さすがにリディアもたじろいだ。やっと気が付いたのだろう、その威圧に。鈍感さも普段は可愛いと思っていたが、ここまで来ると害悪にしか見えない。


「シアを泣かせた……」


 大気に怒りと共に声が溶け込んだかのように響き、従者の身体が光にのまれた。


 ――シアのせいじゃないよ。

 ――それなら……俺のせいだよ。


 耳元で囁かれた言葉。一体何を言っているのかと思っていた。だって、フィンは私についてきてくれただけで……私の元ペットで……今は専属従者で……可愛い弟のようなもので……。

 信じられない思いで、目の前の光景を眺める。もう、信じられない事ばかりの連続だ。


「あなたは――っ!」


 王太子殿下が呟く。

 フィンの後ろ姿からでも、その身体が成長したかのように大きくなったのが分かる。伸びた身長、長くきらめく白銀の髪は、王太子殿下の恩人そっくりなのだろう。

 目を見開くのは、王太子殿下だけでなく、フィンの前に居る三人も同じ――だけど。


「聖獣!」


 ――聖獣!?


 リディアの言葉に、王太子殿下だけでなく、ガルドとロドルスまでも反応し、フィンから目が離せなくなる。それは、私も同じだった。

 フィンは少しだけ顔をこちらに向かせ、大丈夫だと言わんばかりに視線を向けてきた……その瞳は……赤。いつもの青い瞳は、そこにはなく、聖獣の色とされる赤い瞳。そして……二十歳くらいの姿。

 ……隠しルート。思わずその言葉が浮かんだ。まさかフィンがそうだったなんて……。攻略対象者のスチルを思い返すと、フィンの姿は見事に聖獣と同じだった。だからこそリディアも聖獣と迷いなく叫んだのだろう。

 王太子殿下も目を見開いて、フィンの姿を凝視している。ポツリと、あの時の……と零れた言葉から、王太子殿下が言っていた恩人はフィンで間違いないのだろう。


 フィンは視線をリディア達に戻すと、その姿を更に変えて行った。身体全てが美しい白銀の毛に覆われ、4つ足歩行の姿となったそれは……いつもとは違い、人より大きい獣姿だ。

 その姿と威圧に耐えられなくなったのか、リディアは気を失い、ガルドとロドルスはリディアを支えるどころか、完全に腰が抜けて動けなくなっていた。立ち向かう闘志も感じられず、ただ身体が震えているばかりだ。かろうじて王太子殿下は片足だけ膝をついて耐えている形だ。さすが王太子といったところだろう。


 アォ――――――ン!


 遠吠えをするようなフィンの声が響く。声量としてはそこまで大きくない筈なのに、大気が震え、ビリビリとした振動が身体にまで届く。その空気は力を纏っているかのように、届いた範囲に奇跡を起こしていった。


 蘇る木々、時間を巻き戻したかのように戻る小屋や施設。

 怪我をしたものは、その身体を回復させた。

 ……その場に横たわって起きる事すら叶わないのは、その命尽きた者なのだろうと予測できる。

 起き上がったり、動いたりする者が増える中、奪われた命の数がしっかりと目に映る。木々の倒壊に巻き込まれたのか、すぐ近くに起き上がる事さえ叶わない魔獣に手を差し伸べると、案の定その身体は冷たいままだった……。

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