第30話
「くそっ!魔獣や獣人共々殺してやる!」
ガルドとロドルスは共に木々や草むらに隠れて様子を伺っていたが、穏やかな光景を前にガルドは声を荒げて剣を抜いたかと思うと建物の方へ向かっていく。
「やめろ!」
ロドルスは自分の思考に浸っていた為、反応が遅れて声を出す事しか出来なかった。手を伸ばそうにも、ガルドは既に走り出した後で、魔法で行く手を阻むには反応が遅すぎた。
男の獣人は女子ども、更には魔獣を守るようにガルドが向かう方向から避け、道を譲るかのように隠れたかと思ったら、いきなりガルドが倒れた。
「ぐっ!」
「ガルド!」
ガルドの声に呼ばれるかのように駆け寄ると、側には聖獣と化していた従者が冷たい視線で見下ろしていた。背筋が凍る程の殺気に、思わず身震いをして思考が止まる……けれど、そんな空気を一変させるかのような声が響いた。
「えっ!?何!?」
騒ぎに気が付いたミゼラ公爵令嬢が駆け寄ってくると、聖獣の殺気が一瞬で消え、ロドルスは呼吸が楽になったのが分かった。どれほどの殺気なのか……あんな殺気に今まで出会った事などない。そんな事を考えれば、相手は本当に聖獣なのだという事実が浮かび上がる。
そんなロドルスとは違い、ガルドは緑の目を吊り上がらせて、ミゼラ公爵令嬢に対して叫ぶ。
「何で魔獣や獣人なんかと居やがる!」
それは、この国における固定観念だ。その固定観念に縛られて……それを当たり前の常識だと認識しているからことの言葉だろう。幼い頃から、そう教えられていれば、それ以外の世界を知る事など出来ない。獣人を差別し隷属させるのが当然という考えに支配される。
ガルドの言葉に、ミゼラ公爵令嬢はスッと表情を消すと、見た事のないような冷たい目線で射抜いて口を開いた。
「なんかとは、なんですか?」
「害しかない存在、なんかで十分だろ!」
「では、魔獣や獣人が害のあるものだと、何を見て仰るのでしょう」
諭すような、気づかせるかのような問いではあるが、その声はとても冷たい。
ハッと気が付いたかのようにガルドは周囲を見渡すと、そこには人間と変わらない生活感が見て取れる。
獣人や魔獣の特徴がなければ……ここには人間と動物だけしか居ないとなれば……それは全く自分達の生活と変わらない団欒さが残る空間だ。それに気が付いていたロドルスは、自分の存在を何故か恥ずかしく思い地面に視線を向けて顔を上げる事すら出来なくなった。
「魔獣は悪いもので……獣人は隷属させるもので……」
視線を泳がせながら、ガルドは言葉にして今までの価値観を反芻する。
「だって……リディが……」
その言葉を口から出した瞬間、ガルドの脳内には止めてと泣き叫んでいたミゼラ公爵令嬢が浮かび、唇を噛みしめた。
あの時、俺が問答無用で刃を突き立てた者達は……笑って食事をしていたのではなかったのかと思い出し、一気に心が痛みだした。
ガルド・キエラ。伯爵家の三男に生まれ、跡継ぎになれないというのもあったが、物心ついた頃には騎士として人々を守りたいという思いから日々鍛錬をして最年少で騎士団へ入団する事が出来た。
このまま成果を上げれば一代限りの騎士爵を授けられるという話もある程、努力が結果として出ている事ほど喜ばしい事はない。人を、そして国を守っているという事が何よりの誇りだった。
だからこそ、人々が忌み嫌うという魔獣が嫌いだし、人に害なす恐れのある獣人だって、隷属させるものだと教えられてきた。そう……教えられてきただけなのだ。実際、それがどんなものなのか自分の目で確かめる事など一切せず、目の前に魔獣が居れば何も考えず倒す事だけに集中していた。
そして第二王子の側近に選ばれ、学園へ入学した時にリディア・ファルス伯爵令嬢と出会った時には、その思いが更に強くなった。
人々に喜ばれ助かったと嬉し涙を流される事はあっても、悲しみの涙を見た事がなかった自分に対して、リディの涙は衝撃的だった。しかも理由は動物にあった。
身体の弱いリディは、動物が近くに居るだけで涙を流して逃げていく。魔獣なんてもってのほかだった。そんな弱弱しさを見て、守らなければという思いが募ったのは騎士の性分だったのかどうかは今となっては分からないが……。
――全ては魔獣が悪い。
今まで出会った令嬢達とは違い涙を流し震えるだけのリディを見ては、簡潔な答えを頭の中に叩きだした。そして、どうしたらリディを守れるのか、笑顔を見られるのか、そればかり考えた。結果としては答えの出ない自分の苛立ちを魔獣討伐で発散し、リディの言われるがまま求めるものを与えていた……。
……分からなかったから。
自由に泣いて、笑って、素直に生きる姿を見ては心惹かれたが、そんな令嬢に出会った事もなければ扱い方も知らない。自分が知ってる令嬢は、傲慢で気位が高くて――……。
「なんで、笑っているのですか」
ロドルスの声でガルドは我に返る。
今まで自分の脳内だけで色々考えこんでしまっていた事に気が付き、すぐに目の前にいる魔獣や獣人達に注意深く意識を向けた。
「貴族令嬢は、簡単に感情を出さないよう教育されている筈です。表情から情報を取られないように……そして人を抱きしめたりだって……してくれないじゃないか」
ロドルスはどこか違うところを見ているかのように、後半は唇を震わせ、か細いかき消えるような声で言った。
そんな様子にレティシアは気が付いていたが、気づかう気もなかった。だって、それは貴族ならば当たり前なのだ。だけど今のレティシアは……。
「今の私は貴族じゃないから、笑い、戯れ合ってるだけよ」
私はジッとロドルスの瞳を見て、あえて冷たく言い放つ。今ここで気遣って優しく言う必要もない。むしろ冷たく突き放しても良い位だ。
「誰だって寂しさや弱さを持ってるだけよ。それを見せないのが貴族の在り方と言ってしまえばそれまでだけれど、そんなの当たり前でしょう」
貴族教育で表に出さないだけで、誰だって持ってるのだ。その弱さや寂しさの形が人それぞれなだけで、色々な形で存在している。そんな当たり前を目に見える形でしか信用しなかったのは……。
「自分の浅はかさや心の弱さを言い訳にしないでね」
「っ!」
「……」
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