第16話

「疲れてない?」


 温かいアーモンドミルクをフィンに渡しながら、聞いてみた。私は前世で保護活動していたけれど、それは犬や猫だったから、正直ペットフードという食材に助けられていた。それでも、子猫が生まれる時期はミルクをあげる為に睡眠不足となっていた位だ。

 今は獣人。意思疎通が出来るし、好みや機嫌の事もある。痛い!と叫ばれれば、それなりにこちらも慎重になるわけで……。正直、全く違う大変さを抱えているというのに、ほぼフィンが動いているのだ。

 そんな私の気持ちとは裏腹に、フィンはきょとんとした顔をした後に満面の笑顔を浮かべた。


「全てはシアの為だから」

「ぐっ!」


 フィンが幼いながらに、たらしとして育ちそうです。どうしよう可愛い。むしろ元ペットで現年下従者に甘やかされる、元飼い主にして現年上女性ってどうなの!?

 思わず狼狽えていると、フィンがこちらに歩み寄ってくる。


「ならご褒美下さい!」


 そう言って抱き着いてきたフィンは、耳と尻尾を出していた。


「むしろ、こっちがご褒美!」


 何このあざとさ!というか、こうやって甘えるって事はやはり年相応なんだよ!なんて思いつつ、思いっきり私がフィンを撫でまくって、もふもふ成分を補給させてもらう。

 これで明日からも頑張れるな~なんて思ってたら、フィンもボソリとそう呟く。うん、たまにはこうやって甘やかそうと心に誓った。




 ◇




「誰か近づいてくる」

「人間じゃない?」

「敵か?」

「でも、この匂い……」


 お昼時、今から皆でご飯を食べようとしている時、獣人達が騒ぎ出した。

 どうやら誰かがこちらに向かってきているようだが……。


「心配いらないよ?」


 フィンがそう一言言うと、皆ピタリとザワつくのを止めた。

 誰だろう?そう思って、森の入り口に続く道を見ていると、そこから出てきたのは……。


「シア!」

「見つけたわ!」

「お父様!?お母様!?」


 両親が、数人の護衛と共にこちらへ駆け寄ってきた。その服装は貴族のものと言うより動きやすさ重視となっており、お忍びで出歩く服装よりも更にグレートダウンされた物だった。

 人間が数人現れた事により警戒をしていた獣人達だが、私の両親だと分かると、警戒心を持ちつつも様子伺いのように、こちらをジッと見ている。


「影から報告があって……まさか森に住むなど……」

「しかも獣人達の警戒心があって、なかなか近づけなくなったと聞いた時はもう心配で心配すぎて!」


 まさか、そんな事になってたとは……。影がついていた事にも驚きだけれど、獣人達の警戒心は、私以外の人間に対してはしっかり働いていたのか……。


「俺が居るから心配いりませんよ?」

「確かにフィンが居るなら、護衛的な意味では心配してないけれど……」

「むしろ、はかったんじゃないか……?」

「何の事でしょう?」


 微妙にフィンとお父様の間で火花が散っている気がするけれど、まだこちらの様子を見ている獣人達は、ご飯を目の前に我慢の限界が達しそうだ。というか、子ども達はもう視線がご飯に向かっている。


「お父様とお母様も食べていかれませんか……?」


 一緒にご飯でも食べれば家族だろう。同じ釜の飯を食うとか言う言葉が前世にあったと思う。とりあえず、エアロに事情を説明して、少しでも安心して獣人達にはご飯を食べてもらう事にした。






 警戒しながらも獣人達は、いつものように楽しくご飯を食べては、各自好みの話をしている。そんな様子を見た両親は安堵の表情を見せた。


「シアが獣人に対して差別意識を持っていないのは知っていたが、向こうはどうか分からなかったからな」

「良かったわ、仲良くやれてるようで」


 そもそもフィンの事を獣人だと知った上で私の専属従者につけた両親だ。そこまで獣人に対して差別意識は持っていないが、獣人側からの敵意に対しては心配していたようだ。実際、こうやって和やかに食事をしている風景を見ては安心したように自分達も食事に手を伸ばした。

 護衛に着いてきている人達も、フィンが獣人であれど差別する事なく仲間として働いてきていたので、突発的な何かに対する警戒心だけは持ちつつも、こちらが進めた食事に交代で食べようとしている。


「とりあえず心地よく過ごす為にも影なんて必要ありませんから」

「フィン……間違うなよ!間違っても問題は起こすなよ!」

「旦那様……怪我をした獣人の方もいるようですし、穏やかに暮らせる配慮が必要なのでは……?」

「ぐぬ……」


 影の有無について、未だに何故か口論を続けているお父様とフィンだけれど、お母様の言葉にハッとしたお父様は悔しそうな顔を見せた後に頷いた。流石、お母様。淑女の嗜みというか、周囲の観察眼は目を見張るものがある。

 ここには幼い子達だけでなく、腕等を欠損していたり、まだ包帯に血が滲んでいるような怪我をしている人も居る。安心安全に治療する為に、少しでも不安要素は取り除いておくのは必要だ。


「美味しいですね」

「こんな料理、初めて食べました!」

「護衛が先に!?」

「貴方がフィンと口論を繰り広げているからですよ。これはシアのオリジナル?」


 先に食べていた護衛から賞賛の言葉があると、お父様は焦ったかのように食べ始め、美味しい!と言ってくれた。お母様も驚いているようで、詳しい料理方法を聞いてくる。

 ……と言っても、鳥型タイプの魔物を狩らないと作れない。今回は親子丼だ。さすがにお米なんてのは見つからなかったから、カリフラワー等の野菜を代用して、その上にかけている。


「まぁ……流石、獣人の方たちは狩りが得意なのね」

「こんな美味しい物が食べられるなんて得だな」


 両親がそんな事を言い出せば、エアロが私の両親だから大丈夫だろうと話かけた。


「人間の方は調味料とか言う物が発達しているし、今はシアやフィンに畑の作り方や料理を教えてもらってる程だぞ」

「あら、なら人間の知識を持てばご馳走が食べ放題じゃない」

「知識はどれだけあっても困らないから、シアきあら学べるだけ奪い取れば良い。文字が読めるのであれば何か書物でも持ってきたいところだな」


 両親がそう返した事で、警戒心の解けた獣人達が話かけていく。大半がまだ警戒心を持っているけれど、打ち解けるのはそう遠くない未来に思えた。


「また食べに来ますね。これはお代です。きちんと受け取りなさい」

「次は書物を持ってこよう」


 そう言って、両親は笑顔で帰路についた。それを、またなと笑顔で見送る獣人達が数人居た事に心が温まる思いになった。

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