第24話

 ミゼラ公爵邸についた私達だが、私とフィンはこのまま森へ帰る予定だ。


「よろしければ、送らせていただけますか?」


 まさかの王太子殿下の言葉に、少しだけ考える。というか、森で生活している事を知っているのであれば、あそこがどんな集いと化しているのかも知っている筈なのに……。

 そう思って断りを入れようと思ったが、フィンをジッと見つめている王太子殿下の瞳には差別や嫌悪感と言ったものが見られない。それは隷属の契約をしているからだろうと思っていたのだけれど、どうもそれだけではない気がする。実際、フィンは今日だけで不敬と言われてもおかしくない事をしているのだ。……まぁ、王族が無礼すぎたという事を考えても不敬は不敬として成り立ってしまう。


 チラリとお父様の方へ視線を向けると、お父様は頷くだけで意思表示をした。


「……では、お願いいたします」


 私がそう返せば、嬉しそうに微笑み、森まで行く馬車へエスコートする為に王太子殿下は手を差し出してきた。フィンが不満を私にだけ示すように小さな舌打ちをしたのが聞こえたけれど、今更やっぱり止めておきますとは言えない。申し訳ないと視線だけ向けると、気が付いたフィンは少し落ち込んだように肩を下げた。


「王太子殿下は、獣人に対してどう思っていますか?」


 馬車の中で、率直に訊ねた。森での事はあえて言葉にはしなかったけれど、私の言いたい事は伝わっただろう。予想していたかのような王太子殿下は不敵な微笑みだけを浮かべ、そうだなぁと言った後、言葉を続けた。


「ふざけた固定観念の中で生活していれば、獣人に対して差別的にもなるし嫌悪感も抱くだろうね」


 中途半端に濁された返し方だ。世論がどうのという話ではない。思わず怪訝な表情で王太子殿下を見つめてしまえば、そういえばね、と話を変えてきた。


「フィンは獣人だよね。僕の恩人に似てるんだ」

「恩人……?」


 思わずフィンと顔を見合わせる。フィンとよく似た人なんて見た事もない……というか、いるのだろうか?こんな白銀髪はある意味で珍しいとさえ思える。


「僕は十歳の時、初めて出来た婚約者に浮かれて、城を抜け出して城下へ下りた事があるんだ」


 内緒だよと言わんばかりに、人差し指を口の前に立てて、王太子殿下は話始めた。


「そこでね、破落戸に襲われたところを助けてもらったんだ……珍しい白銀髪でね。フィンが大人になったら、あんな感じになるのかなぁって思うくらい似てるよ」


 驚き目を見開いたのは私だけではなく、フィンもだった。だから……なんて呟く言葉がフィンから聞こえたが、それは何を意味するのか全く分からない。


「違うとすれば瞳の色かな……恩人は、伝説の聖獣かのように赤い瞳をしていたんだ」


 ただ、続く王太子殿下の言葉には驚きを隠せなかった……だって、それは……。この世界を正規ルートへ導く存在の事だから。


「王族ですら、もう聖獣の存在を信じる者は居ないだろうけど……僕は過去の書物を読み漁ったよ」


 確かに、聖獣の事は家庭教師どころか学園でも習っていない。そしてゲームでも語られていない。所詮は聖獣という存在さえ居れば良いと作られたゲームでも、現実として存在するのであれば、ちゃんと理由があるだろう。私は王太子殿下の言葉を聞いた。




 元々の土地は荒れ狂い、人が住めない状態だった。このままでは人類が滅びると危惧した聖獣達は、自身にある恩恵で土地を潤し、人が住めるようにした。

 それだけではなく、人々に魔法を授け、快適に暮らせるようにした上で、各地に聖獣達は守護という形で配置についたのが始まりだとされている。


 しかし、年月が経つと人々はそれを忘れ、感謝の気持ちをなくし、聖獣を利用しようと動き始める。それに聖獣が抵抗を見せると、勝手に恐れ排除に動き出し、いつしか聖獣の存在すら忘れられるようになってしまう。それは魔獣や獣人も同じだった。

 魔獣達は人間の王と不可侵の条約を結んだが、それも年月が経つにつれ、忘れ去られていった。

 むしろ忘れられるだけなら良かっただろう。魔獣達は狩られるようになり、素材にされ、奴隷にされた為、徐々に人間へ敵対していくようになった。

 一度戦争のようなものが起こってしまい、人間側は惨敗した。結果、今度は結界等を使用するようになり、魔獣は悪いものと認識を変えて行った。魔獣達は、自分達の暮らしを邪魔されなければ良いと思っているようで、こちらから手出しをしない限りは何もないのが書物からも読み取れる。そして、獣人に対しても似たようなものだ。


「そして……歴代の王たちは、聖獣の存在を蔑ろにした」


 そう言った王太子殿下の瞳は鋭く光ったようだった。


 聖獣だけは大事にしろ。聖獣に祈れ。

 歴代の王へ残す言葉として、そう紡がれていたらしいが、姿を見せなくなった聖獣に、いつしかそんなものは存在しないと祈る事を止めたと。


「僕は聖獣の存在を信じている。……恩人が、もしかしたら、と思う気持ちもある」


 聖獣の証である赤い瞳。

 見間違えとかでなければ、それは確かに聖獣だろう。そして、この世界に聖獣は確かに存在している事は知っている。


「……フィンが聖獣の身内だったら凄い事ですね」

「え」

「そうだね!親子って言っても信じられるくらい似てるよ!」


 思わず言った言葉に、フィンが困ったかのように眉根を寄せたが、王太子殿下も私の言葉にのってきた。そこまで似てるなら、もうそれは攻略対象であり隠しキャラの聖獣だろうと思う。確かにフィンは幼いけれど、似ていると言えば似ているのか……。ゲームの聖獣は二十歳くらいだったと思う……あくまで外見年齢だから、実年齢は別だろう。ならば子どもが居てもおかしくないのか?そうなると子持ちが攻略対象者!?と、変な所へ思考が飛んでしまっていた。

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