第25話

 道中、保護をしている魔獣や獣人達の事を話しながら森へ帰る。

 王太子がこんなに城を開けていて良いのかと言えば、少し苦笑しながらも大丈夫だと思いますなんて答えられて不安しかない。

 第二王子殿下があれなので、優秀なものは大抵第二王子殿下の側近に選ばれていたのに、軒並み謹慎という処分中だ。国王陛下と王太子殿下で裁かなければいけない書類は多いだろうし、次期王太子妃が不在となれば、その分の仕事も三人で割り振るだろう。


 少し長い旅程を一緒に居れば、それなりに打ち解けようと王太子殿下もするわけだが、フィンに至っては気配を完全に消す程、存在感を無くしている。……王太子ともあろう方が獣人に対して差別や嫌悪がないのならば打ち解けやすい筈では……?と疑問に思ってはいたが、フィンが嫌なら仕方ない。


 その分、聖獣の話を中心的に聞いていた。王太子殿下はどうやら聖獣に対して探してお礼を言いたいという熱量が強いようだ。それだけでなく、獣人達の身体能力が素晴らしいと目を輝かせて言っていた。1つの個性として受け入れてしまえば良い、奴隷なんて勿体ない、一緒に笑顔で働ければ、その能力はもっと発揮するのに……と。




 ◇




「僕も獣人の方々に会って良いですよね」


 森が近づくと、王太子殿下は笑顔で有無を言わさぬ言葉を放った。流石に、道中あれだけ目を輝かせて獣人達の話をしていた以上、言ってくるかなとは思っていたが……。無碍に断る事も出来ない……というか、両親や村の人達である程度慣れてるから大丈夫だと思うけれど……一国の王太子殿下なんだよな……。

 チラリとフィンを盗み見ると、気配を消しながらも頷いていた為、大丈夫だと言う判断を下したのだろう。まぁいきなり殴りかかってくるという事はないだろうし、あっても警戒心丸出しで遠巻きに珍獣を見るかのようにしている様子が想像できた。


「はい、大丈夫で……」


 ドカ――ンッ!!!!!


 私が頷き、言葉を発した瞬間、とんでもない爆音が聞こえてきた。危険を察したフィンが窓の外を見ると同時に、私や王太子も爆発音の方向を探ると……。


「森!?」


 王太子殿下が叫び、馬車から飛び降りた。森はもうすぐそこで、入り口は目視出来る距離だ。走った方が早い。

 そんな事をしている間にも、次々と爆音のような音が響く。

 私やフィンが下りた事にも気が付いた王太子は、私に道案内を頼みながらフィンと共に後ろについてくる。その間にも、嫌な予感で心が騒ぐ。入口からずっと、かろうじて道と言われていたような場所が見事に切り開かれているのだ。更には保護施設がある方向で爆音が聞こえているし、近づくにつれて剣のような金属音まで聞こえるのだ。


「何事!?」


 道を抜けた先の光景を見て、私は絶句した。

 森を破壊するかのように暴れる人物、そして……壊れた保護施設に。



「聖獣はどこにいるのよ!」


 そう叫んでいる人物に思わず目を疑ったが、それ以上に信じたくない光景が広がっている。

 逃げ惑う獣人達、壊れた保護施設、瓦礫に埋もれた人、怪我をして動けなくなった人……命を落としてしまった魔獣達。


「もっと探しやすく見通しよくしてよ!それに住処を破壊してたら聖獣が出てくるかもしれないし!」


 その言葉に、二人の男性は更に森を破壊する。周囲に居る獣人や魔獣など居ないものかのように……そこに居ようと関係なく、魔法をふるい、剣をふるう。ただの置物のように――。

 そういえば、聖獣は力の強い森に居たという回想があった事を思い出す。だけど、今はそれより……。


「やめて……やめてやめて!やめてー!」


 かろうじて出た声は、喉が痛くなるほどの叫びで、目の前は滲んで、涙が頬を濡らす。走って近くの獣人や魔獣のところへ行くと、僅かながらの回復魔法をかける。

 ……こんな魔法じゃ、簡単な傷くらいしか治せないのも理解している。だけど、かけずには居られない。


「……あんた……」


 私の存在に気が付いた三人は、目を見開いて動きを止める。そしてすぐに女性は私を睨みつけて、怒りの表情を見せてきた。


「悪役令嬢が何でこんな所にいるのよ!もしかして聖獣を自分のものにしたかったの!?聖獣はヒロインである私のものよ!」


 その言葉で、目の前に居る女性が前世の記憶を持っている事に気が付いた。同時に、これがヒロインなのかとも思った。聖獣をもの扱い。そしてこの惨劇。

 言い返そうと思っても、目の前にある助けられるかもしれない命へ回復魔法をかけるだけで精一杯だ。涙が次から次へと溢れて止まらない。


 悔しい、悔しい、悔しい……。


「あんた達!あいつどうにかして!悪役令嬢は舞台からとっとと退場してよ!だから私がうまくいかないんじゃないの!?」


 ヒステリックに叫ぶ女性に、男性二名はたじろいでいる。しかしすぐに思考を切り替えたのか、こちらへ身体を向けて攻撃態勢に入ろうとした所で……。


「止めろ!」


 王太子殿下が声を上げ、私の前へ庇うように立つ。三人は声の主へ視線をやると、更に驚いたかのように目を見開いた。今こちらへ攻撃どころか剣を向けただけで不敬罪どころの騒ぎじゃなくなる。


「……王太子……?」


 まさかの攻略対象外の人物が居る事に眉間へ皺を寄せて怪訝な表情を見せる女性に向けて、王太子殿下は冷たい言葉を放つ。


「リディア・ファルス伯爵令嬢……そして、ガルド・キエラ伯爵令息にロドルス・ティアド子爵令息か。……揃いもそろって、皆謹慎中の筈だが……?」


 その言葉に、ガルドとロドルスが息を呑む音が聞こえたけれど、ヒロインはそんなの関係ないと言った様子だ。

 ……違う、関係ないわけじゃない。だって、これは現実で……ゲームじゃない。皆、ここで生きているんだ。


「……シア……」


 フィンが気遣うように声をかけてきたが、私は溢れる涙を止める事なんて出来なかった。


「……私のせいだ……私がっ……皆、森の奥で暮らしていれば……っ!」


 自分を責める声が喉の奥から這い出てきた。そうだ、私が、こんな森の入り口にまで出させなければ――と。

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