第28話
「王太子殿下がお帰りになったぞ!」
「ファルス伯爵令嬢も連れ帰られた!」
「何でも森を破壊していたそうだぞ!」
「キエラ伯爵令息とティアド子爵令息も一緒だそうだ!」
ミゼラ公爵令嬢を送った後、視察に回るため数日間城を開けると言った王太子殿下が、とんでもない手土産と報告を持って戻られ、城は一時騒然となった。
「なんて事だ……っ!」
クロアド・エルズ公爵令息は補佐として宰相と共に王太子殿下から国王王妃両陛下への報告を聞いて、自分自身に憤りを感じていた。
獣人や魔獣への虐殺に関しては、そこまで問題視されない。ただ、謹慎を抜け出して行っていたのが森林破壊という点に問題がある。下手をして火事にでもなれば近くにある村まで焼けてしまうのだ。
それを行えと言ったのが、ミゼラ公爵令嬢を捨てて第二王子に選ばれたファルス伯爵令嬢というのが大問題なのだ。これでは貴族を抑え込む事は出来ないし、民からの反発も強くなるのは目に見えて分かる。更なる情報規制が必要になるだろうが、結局は既に城へ仕事に来ている貴族から貴族へ……そして民に話は広まるだろう。人の口に戸はたてられないのだから。何より――。
――聖獣が見つかりました。
王太子殿下の言葉を心の中で反芻する。
両陛下は信じていなかった、あんな伝説が実在するわけないと。それでも……見つかったのならば……。しかも、その聖獣はミゼラ公爵令嬢に付き従っていると言うではないか。
書物を読み漁ったからこそ分かる。今は伝えられる事がなくなった守り神とも言える存在。
「……私は、愚かだ」
顔を片手で覆い、天を仰ぐように上を向く。自分で自分を幻滅しすぎて、忘れ果てた涙が湧いてくるようだった。
書物以外の事が……全く分からない。リディアも、聖獣も……どんな行動を起こしてくるのか、ある程度予測すると言っても、それは書物から学んだ行動パターンを照らし合わせて予測するだけだ。……全く分からない。
「……私に国をおさめる資質はない……」
最終決定権は国王陛下にあるとしても、側近として第二王子を正しい道へ導かせる事も出来なければ……先読みの予測も、人を動かす力も自分にはない事を、今更になって痛感していた。
「……学ぶのが遅すぎたな」
宰相は呟くように言った後、ハンカチをクロアドの顔に押し当て、その手に握らせると部屋を出て行った。
涙が次から次へと溢れ、顔を濡らしている事を自覚し、声を押し堪えて泣いた。
聖獣を敵に回す事だけは絶対にしてはいけない。
それだけは分かる。
だからこそ、もうミゼラ公爵令嬢に……そして、森に手出しする事をしてはいけないと。それは、聖獣が居なくても同じ結論に達しなくてはいけなかったんだろう、そんな事を心のどこかで思っていた。
◇
「何なのよ!これ!納得いかないわ!」
牢……と言っても、貴族牢。整えられた部屋に閉じ込められているだけ、という状態でも、納得いかず叫んでいるのはリディア・ファルス伯爵令嬢だ。
「何よこれ……ヒロインをこんな扱い方して良いとでも思ってるの!?大体、外見年齢が違うなんて……気が付くわけないじゃない!」
ブツブツと呟くような声は、別の部屋に居る人物には聞こえないが、少なくともリディアが現状に対して不満を抱いている事だけは理解していた。その為、ドンッと壁を叩いて、隣の部屋に居るだろう人物へ合図を送る。
窓は使えない。扉の前には見張りが居る。武器は取り上げられているし、魔法が使えないような結界も張ってある。
しかし、自分達は身1つあれば十分抜け出せる事も知っている。あえて捕らわれているのはリディアを1人にしない為でもあったのだが……。
「あの悪役令嬢の……レティシアのせいだ!あいつが何かやらかしたから……シナリオから外れたのよ!」
リディアが、そんな叫びをあげた瞬間、壁の向こう側からドンドンッと2回叩く音が聞こえる。長年連れ添った者同士、ある程度の心は繋がっているのだ。
「行くか」
「……あぁ」
見張りに聞こえないよう。しかし隣の部屋には聞こえる程度の声でガルドがそう言えば、ロドルスからも声が返ってくる。
こんな所で捕らえられていても、リディアの不満は募るだけだ。ならば、再度森へ行って確認をした方が良いだろう。……それに、気にかかる事もある。
それはロドルスも同じだった。あの時の光景にどこか違和感を感じていたのだ。
守るべき弱い存在だと思っていたリディア。なのに……あの時の姿は何なのか。そして今も……ただヒステリックに叫ぶだけの女でしかない。
学園の時では成績を上げる為に努力して必死だったイメージしかないのに、今や王子妃教育すらマトモに受けない我儘な印象しかないのだ。
――本当にレティシア嬢が嫌がらせをしたのか――?
止めてと、泣き叫んでいたレティシア嬢。
森を、動物を、種族関係なく、生命を大切にするその姿と……問答無用で屠ろうとするリディアの命令。
考えても無駄だと言わんばかりに、二人は扉を蹴破り、見張りを昏倒させて抜け出した。いくら相手が武器を持っているとしても、これでも第二王子の側近に選ばれるだけの腕前だ。並大抵の相手には素手でも負ける気はしない。大人しく従わせたいなら、それこそ団長クラスを配置しろと言いたい。
「行くぞ」
「あぁ」
早く向かわなければ追ってが来るだろう。言葉も少なく、二人は馬を盗んで森へ向けて駆け出した。
考える暇さえないと言わんばかりに、一心不乱に。じゃないと、疑問を抱いてしまう。大切な守るべき相手だと決めたリディアに対して……忠誠を裏切る事にもなる。……間違っていたと自分で認めてしまう事になる。
本来であれば、プライドよりも国の為に……広い視野で見なければいけなかった盤面で……うつつをぬかした事を認めてしまう事になるという事は、二人も今更ながらよく理解していた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。