第27話
ゲームでは、悪役令嬢の従者として聖獣が居た。
断罪の場で、その姿は確認できなかったのだけど……まさか、姿を変えて、更には立場も違う形で存在しているとは思わなかった――。
光を纏いながら二十歳位の……ゲームの姿に変化したフィンを前に、身体が動けるようになった王太子殿下は跪いた。
「あの時はありがとうございます。そして……森を蘇らせてくれた事にも感謝致します」
頭を下げながら、感謝の言葉を紡ぎだした王太子殿下は、その後に少し言いにくそうに言葉を濁した後、そして!とハッキリとした言葉で続けた。
「身内の無礼を謝罪させていただけますか。謝って許される事だとは思っておりません」
潔く、更に頭を下げる。王族は、そう簡単に頭を下げては威厳が下がるとされているのに……相手は聖獣だからなのだろうか。本来であれば王族が祈り大事にすべき存在だったと言っていた事を思い出す。
何の反応も見せないフィンに対し、王太子殿下は頭を下げ続けているが、言葉を更に続けて良いのか口を開けたり閉じたりしている。本当に言いたい事は別にあるのだろうか。覚悟を決めたかのように王太子殿下は顔を上げると同時に、その口も開いた。
「恩人である聖獣に!忠誠を誓う!」
あぁ……言いたかった事はそれか。なんて思いながら、目の前の光景をずっとスクリーンを通したかのような感覚で見ていたのだけれど、いきなりフィンが私の方へ顔を向けたかと思ったら歩んで来た。
ゲームと同じ顔を持った従者。最後のピースが揃ったと思いながら、私はただフィンを虚ろな目で眺めていたのだけれど、フィンは私に目線を合わせたかと思ったら、いきなり抱きしめてきた。
「ごめん……シア」
いつも聞いていた声とは低く、いつも触れていた身体より大きく、一瞬これは誰だろうとさえ思える。けれど、その温もりや優しさはフィンのもので……白い耳と尻尾も、フィンのものだ。
「死んだ者を蘇らせられなくてごめん」
そう言われて、近くにあった魔獣を抱きしめて、ただ涙を流し続けている自分に気が付いた。
「……それが自然の摂理だから仕方ないよ」
そう、死んだものは生き返らない。だから、死ぬ前に助けたかったんだ……前世でも。
助けるのが遅くなった命なんて沢山ある。頑張っても助けられなかった命も勿論あった。
それでも私は自分に出来る範囲で行動して、精一杯頑張ったんだと胸を張って言えた……。けれど、今回のこれは違う。
「森の奥深くに居れば……私が余計な事をしていなければ死なずに済んだ命かもしれないのに……っ」
「それは違う!」
自覚をしてしまえば、更に涙が溢れ、嗚咽が漏れる。絞り出したかのような私の言葉に対して被せるように言ったフィンは、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「あいつらが森に来た理由は聖獣だ。……ならば聖獣である俺が悪い」
「それは違います!」
「フィンは悪くない!」
王太子殿下と私の声が被った。
「聖獣が悪いなんて事、あるわけない!聖獣はこの地に必要な存在だもの!それを捉えようとして森を破壊した方が悪い!」
「ね?だったら悪いのは……」
そう私が言えば、フィンは腕の力を緩め、私の顔を覗き込むように苦笑しながら言った。……と同時に、殺気が周囲に漏れる。
それが合図と言わんばかりに、王太子殿下は即座にリディア達の方へ向かい、逃げないように捕縛する。獣人達も理解したのか、すぐさま縄を持ち寄って縛りつけている。……初対面の筈だけど……人間である王太子殿下を警戒するより、リディア達への恨みが勝ってるのだろうか。なんて、現実逃避をしているかのように別世界から目の前の光景を見ている感覚で、そんな事を思う。
「こいつらを王都に連行します」
王太子殿下はそう言うと、頼んでもない内から力自慢な獣人達が三人を持ち上げた。それに気が付いた王太子殿下は、驚きに目を見開くが、笑って頼みますと言えば、獣人達も任せろと返していた。
他の獣人達は、亡くなった者達の弔い準備をしている。獣人の数に比べて、亡くなった人がとても少ないのは、元々持ってる身体能力から上手く逃げる事が出来た部分もあるのだろう。亡くなった方は……怪我をしていた方のようだ。
「シア……大丈夫か?気にするな」
「私達は望んで此処に居るのよ!」
「シアのせいじゃないわ!」
様子を伺っていたのだろう。エアロが私に話しかけてきたのをキッカケに、他の人からも声をかけられる。
「美味しいご飯が食べられるし」
「色んな事を学ばせてもらってるわ」
「自分達の為だ。そしてここに理想の幸せがある」
次々に嬉しい言葉をかけてもらえて、涙腺が脆くなりそうなところに魔獣達も私にすり寄ってきた。亡くなった仲間たちが……中には家族が亡くなった魔獣も居るだろうに……。嬉しさと申し訳なさで、私は子どものように泣いてしまった。
そんな私を、フィンは大人の姿で慰めるかのように抱きしめ、私が落ち着くまで頭を撫でてくれていた――。
「あ、フィン様」
「フィンで良いよ気持ち悪い」
森から出ようと歩き始めていた王太子殿下は、思い出したかのように振り返って頭を下げたが、フィンは一刀両断した。うん、人間ならば確実に不敬。
「……聖獣の存在は隠し通せると思えません」
その言葉に、一瞬王太子殿下へ対して冷たい視線が向けられたが、その後に担ぎ上げられている三人を見ると、ため息を吐いた。
「シアを泣かせないならば何でも」
人間社会って本当に面倒臭い、という溜息交じりの声と共に吐き出された言葉は、あくまで私優先の事だった。
フィンに危害が及ばないようにできませんか!?と叫ぶ私を一瞥した後、フィンに視線を向けた王太子殿下は深く頷いた後、フィンに対して了解いたしましたと返していた。
「大丈夫だから」
呆然とする私を残して、王太子殿下は王都へ帰っていく。フィンが大丈夫と言えば大丈夫なんだろうけれど……私の心は、どこか不安に思っていた。フィンは攻略対象者で、私は悪役令嬢という事が、重くのしかかっていたのだ。
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