第36話
「普通、ワイバーンが此処に現れるなんてあり得ないんだよ」
「だとしても!」
フィンは未だに私が王都へ行く事を許さないと言った様子だ。だけれど、そんな事で時間を無駄に過ごすつもりはない。一刻の猶予もないのではないかと言う予想は出来る。
「なら、フィンは此処に居て!」
「なっ!?」
私がそう言えば慌てる様子のフィンが見えるも、そんな事気にしていられない。先ほどのチーター系獣人だと思われる人を呼び留め、私を王都まで最速で送れないかと問いかけると、その顔がひきつった。
「さすがに……あそこへ向かうのは危険行為……かと。僕には無理ですし……」
チラリと視線をフィンに向けつつ、遠回しの断りとなる言葉を伝えてくる。
「危険だと決まったわけじゃないでしょ!魔獣だって危険じゃなかったでしょ!」
私がそう言えば、ハッとした表情で獣人達はこちらに振り返る。魔獣達は何故か嬉しそうに鳴き寄ってくる。ここに居る中で一番獣に近い魔獣が、本能的に悟っているのかもしれない。弱肉強食だからこそ、強者への怯えと畏怖を。されど危険ではない事も。
「わかったよ……」
諦めたかのようにフィンはため息を付きながら言うと、大きな聖獣の姿へと変化して言った。
「乗って」
夢のようなもふもふ体感に、危機感とか緊張感とか吹き飛んで、幸せを噛みしめてしまう自分に少しだけ自己嫌悪をしつつも、めいっぱい楽しむ事にした。
◇
「やめろ!やめるんだ!」
「王太子殿下!ここは危険です!」
「お下がり下さい!」
前線へ飛び込んだ王太子が声を張り上げるも、騎士団達は攻撃の手を緩める事をしない。背後から魔術師団達も王太子を守るように飛び出してくる。
「止めろと言ってるんだ!」
「王太子殿下!こちらへ!」
誰も王太子の声を聞かず、視線の先はワイバーンに向けたままだ。魔術師団が王太子の腕を掴んで、後方へ下がらせようとするが、王太子は抵抗して引きはがす。
ワイバーンの前に立って自分が盾になりたい所だが、あいにくワイバーンは上空に居る。騎士団達も剣ではなく弓での対抗となっている程だ。
冷気を浴びせられるような感覚に、ワイバーンの怒りが増えてきている事を肌で感じる。
「止めろと言っている!」
「関心だな」
喉の奥から叫ぶような声を出せば、自分が祈るべき存在の声が聞こえた。
「……フィン!ミゼラ公爵令嬢!」
いつの間に来たのか、隣に聖獣姿のフィンと、その背に乗るミゼラ公爵令嬢へと驚きの声を上げる。
――いい加減にしろ。
「しまった!」
「え、何?今の」
「ワイバーンの声だ」
またも頭の中へと響く声に、もう猶予がないのだと悟る。いきなり響いた声に驚いてミゼラ公爵令嬢は周囲を見渡すも、フィンが声の主を伝えると少し首を傾げた後、納得したかのように頷いた。
「……何も抵抗してないのに攻撃され続けたら誰でも怒るわよね……」
「だから王太子は止めていたんだろう」
「……言う事を聞いてもらえなくて申し訳ない」
ミゼラ公爵令嬢の言葉が、あまりにも簡潔で簡単に答えを導いていた事に驚きつつも、フィンの言葉には謝罪で返すしかない。一国の王太子である者の言葉を聞かない騎士達……恥ずべき事ではないのか。そう思ったが、ミゼラ公爵令嬢が庇うような事を言ってくれた。
「皆パニックを起こしてるから視野が狭くなってるんじゃないかしら」
そう言ったミゼラ公爵令嬢が向ける視線の先を追えば、口を開けて呆然としている騎士団や魔術師団の姿が見える。
どうして、どこから。あの姿は、聖獣?そんな言葉が色んな所から出ていて、現状を理解するのに脳が追い付いていないようだ。
――こんな事をする為に私を呼んだのか!
怒鳴るような声が頭の中を駆け巡る。流石にこの声は聞こえたのか、騎士団や魔術師団のメンバーも頭を抑えて膝をついた。そして、避難している民達にも聞こえたのか、遠くから悲鳴の声も聞こえる。
「呼んだ……?」
その言葉を繰り返したフィンは眉間に皺を寄せた。
そうこうしている内に、ワイバーンは自身の指というか爪を動かすと、王城の方から何かを引き寄せてきた。球体のようなものに包まれるように現れたのは、第二王子殿下とファルス伯爵令嬢だった。
「きゃああ!一体なんなの!?」
「何をする!」
いきなり空中に引きずり出された二人は抵抗する術もなく、なされるがままになっているものの、口ではしっかりと文句をつけている辺り、度胸だけはあるのだろう。
ワイバーンの目の前に引きずり出された二人へ、周囲の視線は嫌という程に集まっている。騎士団や魔術師団……そして、窓から身を乗り出すようにして家の中に避難していただろう民達も。
――こんな事の為に呼び出したのか。
「えっ!?」
「何……?」
ワイバーンの声に、驚きを隠せない。呼び出したとは……?
その声は周囲にも聞こえていたようで、ざわつきが起こる。
「あいつらのせいか!」
「待って……あれは第二王子殿下では!?」
「第二王子殿下と……あの令嬢は?」
民達も、姿絵などで自国の王族は知っている。稀にパレードなどで顔を出したりするのも王族の務めであるわけだから、正装していたら間違う事も少ないだろう。出入りしている商人も居るのだから当たり前だ。……まぁ、お忍びで出かけるとか、顔をよく知らないだろう民達は別だけれど。
騎士団や魔術師団も呆然として成り行きを見守っている。本当に王族が呼び出した魔物なのであれば、勝手に討伐もどうなのか、と言う声が密やかに聞こえてきた。しかし、それ以上に民達の罵声が広がっていた。
「あいつらのせいか!」
「やめなさい!不敬罪に問われるわよ!」
「どうせ誰が言ったかわからねぇよ!」
怒りの矛先が第二王子達に向けられる中、二人は恐怖に震え、ワイバーンの問いかけに答える事も出来ていない。
――勝手に呼び出し、いきなり攻撃を仕掛けるとは何事だ。
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