第4話 死に装束 × スコップ坊主

「プハアッ…………あ?」


 目を開くと、知らない天井があった。

 まるで異世界に転生したようなシチュエーションだったが……周りを見回すと完全に日本。

 座敷に敷かれた布団の上で寝かされていたようである。


「夢……じゃないよな。どこだここは……?」


 全部全部、夢だったとすれば幸運なことだが……そうでないことは先ほど、姫様に言い聞かされたばかりである。

 よくよく見ると、布団から少し離れた場所にある台座には線香が焚かれており、部屋の奥には一抱えほどの大きさの仏像が置かれていた。


「お寺かな……?」


 広い座敷といい、仏像といい、自分がいるのがお寺のような場所であるとわかった。

 そして……自分の身体を見下ろすと、白い着物を着ていることもわかる。


「これって、もしかして死に装束なんじゃ……うわっ、三角のアレまで付いてるじゃないか!?」


 額に触れると、そこには正式名称不明の三角の布が巻かれていた。幽霊がよく付けているアレである。


「やっぱり死んでたのか……だけど、ここはどこだ……?」


 自分が死体として扱われていることは理解できたが……ここはどこだろう?

 少なくとも、ウチが檀家をしている近所の寺ではない。墓参りや法事で何度も訪れているので、そうだったらわかるはず。


「あー……何か、物音がしたかあ?」


「あ……?」


 そうかと思えば、ふすまが開いて坊主頭の男性が現れた。

 無精ヒゲを生やした中年の男である。やたらと眠そうな目をしており、全身から気怠そうな雰囲気がにじみだしていた。

 そして、何故か肩には大きなスコップを担いでいる。


「うおおっ!? 死体が動いてやがる!?」


 坊さんっぽい男……服装はジャージなのでただのハゲかもしれないが、男は驚きの悲鳴を上げて身体をのけぞらせる。


「ぞ、ゾンビか!? は、早く頭を撃たないと……って、銃がねえよ! ウチはただの寺だっての!」


「おい……」


「よし、とりあえず頭を潰すか!? 脳みそぶちまけたらぶっ殺せんだろ!」


「うわあっ!?」


 男が一方的に叫び、担いでいたスコップで殴りかかってきた。

 俺は布団を跳ねのけて飛び退り、頭に振り下ろされた凶器を回避する。


「逃げるんじゃない! 成仏させてやるから大人しくしろ!」


「出来るか! 死ぬだろうが! お願いだから話を聞け!」


「うおおおおおおおおっ! 往生しろおおおおおおおおおおっ!」


 必死に言い募るが、男は話を聞かずなおもスコップを振り回してくる。

 畳の上を転がるようにして逃げる俺であったが、やがて部屋の隅へと追いつめられてしまった。


「仏の加護を我に与えよ! あの世に送ったらあああああああああっ!」


「くううっ、この……二度も死んで堪るかよ!」


 頭部にスコップを叩きつけられそうになるが……俺は腕で掴んで受け止める。

 そのまま力を込めると、卵を握りつぶすような容易さでスコップがへし折れた。


「へ……?」


 そんなに力を入れた覚えはない。

 スポーツも格闘技も殺っていない俺に、そんなパワーがあるわけなかった。


「は、え? どうしてこんな簡単に……?」


「クッ……本物の化け物かよ! マジで死にやがれ、このゾンビ男があ!」


「っ……い、いい加減にしろおっ!」


 男が今度は拳で殴りかかってきたので、こっちも拳で迎撃する。

 殴り合いのケンカなど生まれてからしたことがなく、情けなさ全開のヒョロヒョロのパンチだったが……その拙い攻撃は男の頬に命中して、細身の身体を撥ね飛ばす。


「グッハアッ!?」


「ええっ!? 嘘だろおっ!?」


 殴られた男が、格闘ゲームでライフゲージがゼロになったキャラクターのように吹っ飛んでいった。

 わざとやらなければこんなに綺麗に吹き飛ぶことはないだろうと、疑わしくなるほどド派手に。


「ちょ……だ、大丈夫か!?」


「ぐ、は……死体のくせに、いいパンチ持ってんじゃねえか…………ガクッ」


「えー……何なの、コイツ」


 襖を破って隣の座敷にまで転がり込み、男は気を失ってしまった。

 俺は呆然と立ちすくみ、死に装束を身に纏った状態のまま放心してしまう。

 幸い、男は呼吸も脈も正常で死んだりはしていなかったが、目を回していて起きる様子はなかった。

 男から話を聞いて状況を確認したかったが……それもできそうもない。


「本当に何なんだよ……もう、訳が分からない……」


 とりあえず、この格好から着替えたい。

 いつまでも死に装束を着ているのは、気味が悪すぎる。


 俺は何か着替える服がないか探すべく、寺の中を物色しはじめるのであった。

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