第37話 絶望 × 絶望
堕神の気配を頼りに、夜の町を最高速度で飛んでいく。
比喩ではなく、自分の身体を雷に変えて空を飛んで優菜を追いかける。
たどり着いたのは近所にある公園だった。
場所は優菜と初めて出会った場所。狒々神と戦った公園である。
「優菜……」
そこにいるのはわかっている。
俺は出来るだけ刺激しないよう、そっと呼びかけた。
「……ホムラさん」
しばしの沈黙の後、彼女の声が返ってくる。
園内にある奇妙な形のオブジェの中から現れたのは、変わり果てた姿の萌黄優菜だった。
全身が黒い靄で覆われており、腹部には裂傷。そこから触手のようなものが生えていて、蛆のように肌の上を這いまわっている。
姿を見せてくれた優菜が泣きそうな顔をしながら、口を開く。
「……どうして、来てしまったんですか? 来て欲しくなかった。見られたくなんてなかったのに」
「…………!」
俺は異形と成り果てた優菜の言葉の中に理性を感じ取った。
見た目は変わっていても、ちゃんと話が通じる。心まで化物になったわけではない。
(これなら、助けられるかもしれない……!)
「どうしてと言われても、来るに決まっているじゃないか。君を助けに来たんだよ」
俺はゆっくりと、噛みしめるような口調で言う。
「大丈夫、ちゃんと元に戻る方法はあるはずだ。何も怖くはないから安心してくれ」
「…………」
「家で辛いことがあったんだろう……辛かったよね。でも、俺がいる。俺は君の味方だから、どうか恐がらないで欲しい」
「……ホムラさん」
俺の言葉に、優菜は悲しそうな顔をした。
「ホムラさんは優しいですね……でも、わかっているんです。私はもう元の姿には戻れない。すでに人間ではなくなってしまっているって」
「そんなことはない、何か方法があるはずだ……!」
「方法なんてないですよ。私はもう、身も心も化物になってしまっているんですから」
「…………!」
悲しそうに微笑む優菜に、俺は血液が氷水になったような寒気を感じた。
「私はもう人間じゃないんです。今はこうしてホムラさんと話すことができていますけど……さっきからずっと、貴方のことが食べてしまいたくて仕方がないんです」
「食べてって……」
「食べてしまったら、ずっと一緒にいられるのに……そんな思いがどんどん強くなっているんです……」
優菜の腹部。包丁で刺されたであろう傷口から黒い粘性の液体が溢れ出た。
イソギンチャクの触手のようなそれが妖しく、誘うように
「そん、な……」
理解した。
理解できてしまった。
もはや優菜は人間に戻ることはできない。
完全に人ならざるものになってしまっているということに。
「優、菜……」
「だから、早く私を殺してください。あの巨人を殺したときのように……私のこともホムラさんの刀で、雷で殺してください」
「嫌だ……嫌だ、そんな……」
『小僧、覚悟を決めよ』
胸の内から、静かな声が響いてくる。
八雷神が珍しく同情したような声音で話しかけてきた。
『あの娘の言う通りじゃ。今の小僧にアレを救うことは不可能。人の心があるうちに殺してやるのが唯一の救いよ』
「嘘だ……」
『嘘ではない。あの娘はもう……』
「嘘だ! 何か方法があるはずだ!」
現実を受け入れることができず、俺は叫んだ。
「俺だって殺されても生き返ることができたんだ! 方法がないなんてことは有り得ない! そうだ。何か絶対に見逃しているやり方が……!」
「…………ホムラ君?」
「…………!」
絶望の沼に沈みつつある俺の背中に、ここにいないはずの女の声がかけられる。
振り返ると……そこには、かつて愛したはずの女の姿があった。
「詩織……?」
いつからそこにいたのだろう。
背後には白刃の太刀を片手に持った元カノ……舞原詩織が立っていたのである。
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