第40話 終わり × 始まり
あの悲しい事件から数日後。
放課後の学校にて、俺はオカルト研究部の部室に向かって歩いていた。
(やれやれ……面倒だな)
『あの奇怪な小娘に呼び出されているのじゃろう? 隅に置けぬではないか』
『主様は優しく、強く、気高い御方です。多くの女性に秋波を寄せられるのも当然でしょう』
心の中でつぶやいた愚痴に、二つの声が返ってくる。
俺の中に宿っている『常世の媛』の加護……和魂である『八雷神』、荒魂である『黄泉戸喫』の二人だった。
(君達さ、和魂と荒魂が逆じゃない? 絶対に八雷神の方が荒ぶっている方だとおもうんだけど?)
『何じゃと、誰が荒ぶっているのじゃ』
『粗忽で粗暴なんですよ。貴女はね』
『貴様に言われとうないわ! お前のような女をこの世では何というか知っておるか? 『メンヘラ』というのじゃよ!』
『私は尽くす女なだけですわ。主様のためならば、どのような汚れ仕事でもこなしてみせましょう』
『過保護なだけじゃろう! それでは小僧がいつまで経っても成長せぬわ!』
言い合っている二人の声に苦笑しているうちに、オカルト研究部の部室に到着した。
扉を開くと……ちょうど正面にいた雨宮キサラが片眉を上げる。
「遅いぞ、幽霊君」
「今日はどんな衣装だよ……お前は」
この間は魔女のような服を着ていたキサラであったが……今日はやたらと露出の大きい民族衣装のような服を着ていた。
「南米の古代シャーマンの衣装だよ。知らないのかい?」
「知っててたまるかって。まったく……今日は大事な話をする予定だっていうのに、緊張感がないなあ」
俺は深々と溜息をつき……先に部室に来ていた二人へと顔を向ける。
「君達もそう思うだろう?」
「うん、そうね」
「はい、ホムラさんの言う通り」
同時に頷き返してくれたのは……舞原詩織と萌黄優菜。
あの日、命を落としたはずの二人だった。
二人は表情が明るく、顔色も良い。
部室にやってきた俺に嬉しそうに微笑みかけてくれるが……忘れてはいけない。
彼女達はもう、人間ではない。
俺の眷属……『
俺が持つ双極の武器の荒魂……『黄泉戸喫』。
その能力は、斬殺した相手を黄泉の住人に作りかえて使役するというものである。
あの日、俺はこの刀で優菜のことを刺し殺した。
それにより、優菜は黄泉醜女という彼岸の住人に生まれ変わってしまったのだ。
禍津霊から黄泉醜女へ。
正直、この結末が正しいものだったかどうかはわからない。
あのまま安らかに眠らせてしまった方が、優菜のためだったかもしれない。
そう考えたこともある。もちろん、ある。
(だけど……俺は決断したんだ)
優菜を自分の所有物として近くに置くことを。
優しさではない、自分勝手な傲慢さによって選択した。
そして、選ばれた対象はもう一人。
詩織のこともまた、黄泉醜女にして使役することにした。
『これは慈悲なんかじゃない』
それはあの日、横たわる詩織の遺体に向けて告げたセリフである。
『優しさなんかじゃない。許していない。君はこれから一生、何かが終わるその日までずっと俺に謝り続けるんだ』
一度、俺を庇って死んだくらいで裏切ったことを許すものか。
これから先も、ずっとずっとこき使ってやる。
そんなことを告げながら……鼓動を止めた詩織の胸を貫き、黄泉醜女として作り変えた。
そんな決断の結果が今である。
二人が俺の傍にいた。恋人でも友人でもなく、眷属……所有物として。
(クズだよな。正直……)
眷属となった二人は俺に逆らえない。
例えば、ここで全裸になれと要求したとしても従うことだろう。
同級生の女子二人を奴隷にするだなんて、本気で最低だと自分でも思っている。
それでも、俺は選んだのだ。
笑顔で綺麗に別れることではなく、一緒に苦しみながら泥沼に沈んでいくことを選択した。
俺の傍には彼女達がいる。
これからもずっとずっと、変わらずそこにいるのだ。
「そうだ。バンシーちゃん、忘れずにケーキは買ってきてくれたかい?」
「はい、ちゃんと買ってきましたよ。言われたとおりにチョコレートケーキ。トッピングでフルーツを」
「ジュースは私が買ってきたから。しょっぱい物も欲しいかなって、ポテトチップスも買ってきた。うすしお味とコンソメ味ね」
そんなエゴによって強制的に生まれ変わらされた二人であったが……目の前で、キサラと一緒になって輝くような笑顔を浮かべていた。
二人とも笑っている。
それだけが唯一の幸いである。
(黄泉醜女ね……それにしては美人過ぎるよな、二人とも)
こうして笑い合っている二人を見て、いったい誰が彼女達が死人であるとわかるのだろう。
それはともかくとして。
今日はオカルト研究部にとって特別な日。新生・『オカルト部』の発足日だった。
優菜が加わり、今日からから詩織も入部して。
今後の活動内容として……キサラは『堕神の脅威から八雲市を救うこと』を挙げてきたのだ。
部の名前から『研究』という文字を取ったのもそのため。
これからは研究ではなく実践するという意思表示とのことである。
「この町は邪悪なる堕神によって脅かされている。我らオカルト部がその脅威を取り除き、町と人々を守るのだ!」
堕神という本物のオカルトを知って、キサラはすっかりその存在に魅せられてしまったようだ。
彼らをさらに追及するべく、そんなことを言い出したのである。
新生・オカルト部のメンバーは五人。
部長のキサラ。副部長……にされてしまった俺。
俺の眷属となってしまった優菜と詩織。
そして……幼馴染の親友、村上武夫だった。
武夫にはまだ俺の事情について話していないが、今日の発足パーティーに呼んでおり、そこで明かすことになっている。
正直、俺は反対していたのだが……信頼できる仲間は多い方が良いだろうと、キサラが主張したためだった。
「驚くだろうな……武夫のやつ」
俺が詩織に二股をかけられただけではなく、刺し殺されたことを知ったら。
その詩織が俺に刺されて、あの世の住人として使役されていることを知ったら。
こうやって、俺達が同じ場所で笑い合っているのを見たら。そこに優菜が混じっているのを見たら。
はたして、武夫はどんな顔をすることだろう。
「アイツは怒ると怖いからな……一発、殴られる覚悟をしないと」
武夫は友人想いのまっすぐな男だ。
友達が面倒事に巻き込まれており、それを相談してもらえなかったと知ったら、さぞや腹を立てるはず。
「さあさあ、今日は記念すべき日だ! 秘密結社の爆誕のように祝おうではないか!」
キサラが両手を挙げて、堂々と言う。
「宴の準備をしよう! さあさあ、楽しくなってきたぞ!」
楽しくなってきた。
お気楽すぎる発言であったが……実のところ、俺もそうだった。
全てを水に流したわけではないが、詩織と和解して。
優菜がいて。キサラがいて。
そこに親友の武夫も加わるとなれば……楽しくないわけがない。
たとえ向かう先が地獄の底であったとしても。
(これから、きっと大変なことが待っているんだろうな)
もっと強い堕神と戦うことになるかもしれない。
黄泉の秘宝を奪った十の家から、宝を奪い返すという使命もあった。
詩織の婚約者である、あの男ともいずれは決着を付けなければいけない。
これから、笑っていられないような日々が待っている。
間違いなく、待ち構えている。
(だけど……今日ぐらいは良いじゃないか)
それでも、今日は笑っていたい。
仲間と一緒に。友人と一緒に、笑って飲んで食べたい。
どれほど罪深い人間であったとしても……それくらいの自由はあるべきだ。
そんなことを考えていると、部室の扉が外から開かれた。
「チーッス。絶対に来いっていうから来たけど、いったい何が……って、舞原!? どうしてここにいるんだ!?」
「あー……やっほー。久しぶり、村上君」
部室に入るや愕然として身体をのけぞらせる武夫に、詩織が気まずそうな顔になりつつも手を挙げて挨拶をする。
「こんにちは、村上さん」
「舞原だけじゃなくて萌黄さんまで……おい! ホムラ、どういうことだ。説明しろ!」
「ハハッ、予想通り。やっぱり驚いてくれたみたいだな」
俺は会心の悪戯が成功した気持ちで笑って、武夫を椅子に手招きする。
「実はな、武夫……」
俺は声を潜めて、親友にこれまでの経緯を話し始めた。
こうして、俺達五人は新生・オカルト部として活動を開始した。
これからどんな苦難が待ち受けているかはわからない。
それでも……俺達が歩く道が少なくとも黄泉路よりは明るいことを祈って、その日は大いに食べて飲んで笑うのであった。
――――――――――
大団円!
これにて、とりあえずの完結となります。
読者様の評価によっては続きを投稿させていただきますので、フォロー登録、☆☆☆から評価をお願いします!
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もしも続きを書くとしたら、恋敵である龍斗クンとの決着。
他の十家との戦い。新たな堕神やまともな神様との遭遇。新ヒロインの登場などを予定しております。
ここまで、この作品にお付き合いいただきありがとうございます。
読者の皆様に心からの感謝を申し上げます。
彼女の浮気現場を目撃したら斬り殺されました。黄泉の神様の手先になって復活したら彼女が戻ってこいと言っているがもう知らない。 レオナールD @dontokoifuta0605
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