第26話 伝承 × 天才
「堕神……退神師……黄泉の宝……最高だ! 最高だよ、幽霊君!」
「うわあっ!」
俺が巻き込まれている事態について話すと、キサラがいつもは眠そうに半開きになっている瞳を見開き、抱き着いてきた。
部活中はダボダボのローブを着ているためわかりづらいが、キサラはかなりの巨乳である。柔らかな感触が腹の辺りに押しつけられて、さすがに焦ってしまう。
「君はできる奴だと思っていた! やはり君をオカルト研究部に招き入れた私の目に狂いはなかったようだ!」
「いや、俺が入ったのは人数合わせだろうが。部員の数が足りなくて部室取り上げられそうになって、涙目になって頼んできたからだけど」
「こんな最高の神秘を持ち込んでくれるとは……アハハハハハハ! ハハハハハハハハハハッ!」
キサラが俺に抱き着きながら、テンションを爆上げにしている。
中学の頃から、興味のあるものを見つけると周りが見えなくなり、研究一辺倒になる奴だった。
周囲の迷惑なんて考えずに己の道をいく……それが雨宮キサラという女子なのである。
「ハハハハハハハ……さて、ひとしきり喜んだところで、真面目な話をしようか」
……と、キサラが唐突に俺から離れてPCの前に座る。
「堕神に黄泉の門……なるほど、合点がいった。八雲市には昔から超常現象の目撃例が他の町に比べて多くある。行方不明者の人数もただ静かに暮らしたい殺人鬼が潜んでいるのではないかというくらいに多いんだ」
「そうなのか?」
「ああ、それなのに行政から特に働きかけも無くて不自然に思ってはいたんだけど……なるほど、退神師という連中が揉み消していたわけか」
キサラがカチャカチャとPCを操作して、いくつかの画像を呼び出す。
それはホラー映画の一部を切り取ったような画像だった。黒い靄のようなものが映っていたり、奇怪な形状の生物がいたり、数本の腕に刃物を持っている怪人がいたり……何も知らないものが見たのであれば、CGか合成写真だろうと判断するものだった。
「これらの写真はホラー写真の投稿サイトに挙げられていたものだ。場所はいずれも八雲市内。場所が地元であることを除けば、作り物と判断して気にも留めないようなものなのだが……これらはいずれも投稿から一日以内に消去されている」
「消去?」
「ああ、投稿者が自分で取り下げたのか、それとも管理人が消したのかは知らないけどね。こうやってページのスクショを撮っていたから残すことができたが、もうネット上にこれらの画像は残っていない。一つや二つならばまだしも、八雲市内で撮影された不可思議な画像がどれも消されているんだ。陰謀の匂いを感じるじゃないか」
つまり、堕神の存在を隠蔽するためにネット上の画像を消している者がいるわけか。
退神師とやらがやっているのだとすれば、なかなかに忙しい連中である。
「黄泉平坂……黄泉の国の門というのも聞いたことがあるね。日本神話に登場する死後の世界の入口で、イザナギが妻であるイザナミを迎えに行った際に通った場所だね。有名な話だから聞いたことがあるだろう?」
「ああ……まあ、それくらいはね」
細かい部分までは知らないが……火の神を産んだ際に焼け死んだ
しかし、イザナミは黄泉の食べ物を口にしてしまったために換えることができなくなっており、それでもどうにか帰れるように相談するので待っていて欲しいとイザナギに言う。
絶対に開けるな……そう言い残して扉を閉めるイザナミであったが、この手の約束を昔話の登場人物が守った試しはない。
約束を破ったイザナギは身体が腐って蛆が生え、変わり果てた妻の姿を見てしまう。
怒ったイザナミは追手を放ってイザナギを追いかけるのだが、イザナギは黄泉の入口である黄泉平坂を岩で閉じてしまう。
「日本神話でもっとも有名な逸話の一つだね。この時に黄泉平坂を封じた大岩が『道返しの大神』。ちなみに、イザナミがイザナギを追いかけるために放ったのが『
(そのあたり、どうなんだよ?)
『さあのう、人間共の伝承になど興味はないわ』
「『黄泉平坂』という地名は日本神話の故郷とされる島根県に実在している。また、『八雲風土記』という古書によると、八雲市にもかつて同名の場所があったらしい。現在では、その正確な場所はわからなくなっているね」
「なるほど……?」
「それから、この学園を脅かしている存在……『
「…………」
「禍津日神には対となる神がいて『
「………………………………そうか」
わかったような、わからないような話である。
キサラは得意げに話をしているが……この話はいつまで続くのだろう。
日本神話のエピソードは興味深かったが、それが禍津霊の巣を見つけるのに役立つとは思えないのだが。
「……と、話が脱線したところで、計算が終わったようだ」
「は?」
「いや、私だって別に自分の知識を披露して得意げになっていたわけじゃない。このコンピューターに入れているAIが計算を終えるまで、時間潰しに話をしていただけさ」
いつの間にか、デスクトップ型のPCには俺に理解できない計算式のような画面が映し出されている。
「幽霊君から得た情報を元にして、禍津霊に憑依されていた人間の校内での移動パターンをAIに計算させていた。彼らが何処で禍津霊に憑依されたかがわかれば、必然的に巣穴の場所も導き出されるだろうからね」
「そんなことをしてたのか!? いつの間に!?」
「僕はオカルトの信望者ではあるけれど、科学の力を軽んじてはいない。神秘を解き明かすために科学技術の力が必要とあれば、もちろん使うさ」
キサラは得意げに笑って、PC画面上に映し出された校内マップの一点を指差した。
「学年、クラス、性別、所属する部活動、委員会……あらゆるものがバラバラの禍津霊被害者の全員がこの二週間で共通して訪れている場所。それはここしかない」
「進路指導室……」
俺はその部屋の名前をつぶやき、大きく目を見張った。
そこは生徒の誰もが訪れる場所。
俺が詩織に刺される前日、担任教師から呼び出されて進路について話をした場所だった。
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