第27話 進路指導室 × 研究者の意地

 俺達が通っている学校は私立の付属高校で、母体である大学がある。

 進学校というわけではないため、そこまで生徒に対して受験勉強の追い込みをかけたりしない。

 それでも外部の大学に受験するものは一定割合はいるため、進路指導室があって希望者には教員からの指導も行われていた。


「……進路指導室が開け放たれていて良かったな。簡単に入れる」


 放課後、誰もいない進路指導室に足を踏み入れた。

 進路指導室には鍵がかかっていない。

 生徒への指導が行われていないのであれば、自由に立ち入りすることができるのだ。

 赤本や大学の資料などがラックに保管されているため、好きに読めるようにするためである。


「誰もいないようで調査にはうってつけだね。フフッ……オカルト研究者としての血が騒ぐよ」


「キサラ……お前は外で待っていろって言っただろ?」


 俺に続いて進路指導室に入ってきた友人を嗜めた。

 キサラは黒いローブ姿のまま、手には十字架やら御札やらをジャラジャラと持っており、肩からはずっしりと重そうなバッグを提げている。

 おかげで廊下ですれ違う生徒からは不審者を見るような目で見られてしまったが、それがオカルト研究部の人間だとわかると「またか」という感じで視線を逸らされていた。


「私がこの場所を突き止めたのだ。ならば、この場に居合わせる権利があると思うが?」


「権利がどうのとかは知らないけどさ。危険だって言ってるのがわからないのか?」


「『汝が深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いている』……オカルトを探求するのであれば、棺桶に片足を踏み込まなければいけないのは道理だよ。神秘を暴こうとするのだからリスクは承知の上さ」


「……どうなっても知らないぞ」


 俺は溜息をつきながら、進路指導室の中へと視線を戻す。

 部屋を見回して意識を集中させる。精神を研ぎすまして気配を探っていくが……やはり、堕神の気配は感じられない。


「……いないな。やっぱり空振りだったか?」


「まあ、待ちたまえ。そう結論を急ぐんじゃない」


「……何だ、それ」


 キサラが重そうなバッグを床に置いて、何やら機械を取り出している。


「これは私が開発した『万能測定器』さ」


「万能測定器……?」


「ああ、この機械一つで温度と湿度と電磁波と放射能を同時に測定することができるんだ」


「放射能って……」


 いや、そんなものを測定してどうするというのだ。

 俺が呆れている横でキサラは万能測定器とやらをあちこちに向けており、液晶画面に表示される数値を記録している。


「その禍津霊というのは異界とやらに隠れていて、気配を探ることができないと言ったね?」


「……ああ」


「それは納得したよ。だけど、気配をたどることができないからといって、そこにある何かが本当に観測できないものと考えるのは早計だよ。まずはしっかり検証をしないと」


 キサラは測定器を持ったまま机の下に潜り込み、ゴソゴソと石の下の虫のように怪しい動きをする。


「本当にそこに異界とやらがあるとして、はたして何の痕跡も残さないということがあり得るのだろうか? 空気の流れ、温度や湿度、あらゆる事象に影響を与えることなくして存在しうるのだろうか? 否、断じて否だ。そこに存在していてまるで観測できないなどあり得ない! 観測できないというのであれば、それは存在しないということなのだから!」


 弁舌を振るいながら机の下を調べていたキサラであったが……やがて顔を出して、ニヤリと笑う。


「ビンゴだ。見つけたよ、幽霊君」


「何?」


「この机の下の空間……ここだ。この直径一メートルの空間のみ、微弱な電磁波が発生している。気温も周りよりも0.5度ほど低くなっている。ここにその異界とやらがあると見た!」


「まさか……本当に見つけたのか?」


「科学技術がオカルトに勝利した瞬間、とでも言っておこうか? 研究者のあきらめない心はいつか必ず真実を……ふぎゃっ!」


「あ」


 キサラは何やらカッコいいセリフを決めようとして失敗した。

 立ち上がろうとしたところでローブの裾を踏んづけて、そのまますっ転んだのだ。

 まくれ上がったローブ。一緒になって乱れたスカートからパンツが丸見えになっていたる。

 俺は鼻をぶつけて悶絶している友人から目を逸らし、クマさんプリントのパンツを見なかったことにしたのである。

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