第30話 軟体動物 × 炎
異界の廊下に出るや、黒くて巨大なウミウシのような生き物が襲いかかってきた。
外の世界では幽霊のように人間に憑依しなければいけない禍津霊であったが、彼らのテリトリーでは実体を持つことができるらしい。
「鬼島君……!」
「大丈夫だから、下がっていてくれ!」
不安そうな萌黄さんに軽く手を振っておく。
やせ我慢ではない。後ろに二人の存在を意識していると、不思議なほどに力がみなぎってくるのだから。
「フー……」
俺は八雷神を構えて長い息を吐く。
稲光を放っている刀に恐れることなく、巨大なウミウシが緩慢な動きで迫ってくる。
人ならざる者がすぐ傍まで接近しているにもかかわらず、不思議なことに心にさざ波一つ立つことはない。
(集中しろ。もっとだ……)
頭上に刀を掲げて上段に構えて、精神を集中させていく。
何度か八雷神を召喚したことでわかったことだが……この刀に宿っている『雷』は一つではない。
その名が示している通り、この神刀には八つの『雷』が宿っている。
性質の異なる八つの雷。その特性を身体で理解してコントロールする……それで初めて、『八雷神』という存在を使いこなしたことになるのだ。
(集中しろ……俺が負けたら後ろの二人が死ぬ! 殺された気になって精神を研ぎすませ!)
二人を自分の事情に巻き込んでしまったのだ。俺には命がけで二人のことを守る義務がある。
(キサラは自業自得のような気がするけど……誰も死なせはしない。死んでも守る!)
『やはり面白いのう、小僧。そなたは自分が殺されそうになっていたときよりも、後ろに守るべき誰かがいる方が明らかに集中力が増しておる』
刀から掌を通じて、八雷神が愉快そうに笑う気配が伝わってくる。
『人神一体の境地……今の小僧ならば、その入口程度には踏み込めるじゃろう。さっさと斬れ。力を見せよ!』
「言われなくてもやるに決まってる!」
こちらに接近していた巨大ウミウシが太い触手を振るってくる。
遠心力が十分に乗った一撃。まともに喰らったのであれば、骨の一本や二本軽く砕けることだろう。
「『
しかし、触手よりも俺の斬撃の方がずっと
刀から放たれる雷が焼けつく炎に変わり、巨大ウミウシの巨体を触手ごと包み込む。
「~~~~~~~~~~!」
声にならない絶叫を上げて、巨大ウミウシが炎に焼かれる。
苦しそうに触手を振り乱していた巨大ウミウシが端から焼け落ちるようにして小さくなっていき、やがて跡形もなく消滅した。
「おお……素晴らしい! 幽霊君、そんなこともできたんだな!」
「き、鬼島君……その刀はいったい……?」
喝采するキサラとは対照的に、萌黄さんは驚きに目を見開いている。
以前、狒々神から助けた時にもこの力を見せているが、萌黄さんはその記憶を失っていた。
「これは……あー、ほら。オカルト研究部だし?」
「お、オカルト研究部ってすごいんですね……って、そんなわけないですよね?」
「うん、とりあえずはそういうことで。後でちゃんと説明するから許してくれ」
今さら萌黄さんに隠しておくことは不可能だろう。
キサラに続いて、萌黄さんにも自分の身に起こった秘密を明かすことを決めた。
「禍津霊を倒したのは良いけど……異界が消えないってことはコイツが『主』じゃないのかな?」
『そのようじゃのう……ほれ、あの中に親玉がいると良いのじゃが』
「あの中にって……うげっ!」
廊下の端、あるいは途中にある教室から、ダラダラと軟体動物の群れが這ってくる。
先ほどの巨大ウミウシほどの大きさはないが、大型犬ほどのナメクジやイソギンチャクの化物がこちらに向かってやってくる。
その数は少なくとも五十以上。現在進行形で数を増やしており、廊下を埋め尽くそうとしていた。
「これは……不味いんじゃないか?」
「き、鬼島君……」
「おお、これは怖い怖い! 深淵が我らを喰らいにきたようだな!」
どんどん数を増やしていく軟体動物……禍津霊の群れを前にして、俺達は三者三葉に顔を引きつらせたのであった。
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