第13話 接近 × 遭遇

 学食に入ると、そこは学生で溢れかえっていた。

 すでにほとんどの席が埋まっており、生徒達がガヤガヤと騒ぎながら昼食を食べていた。


「お、あそこの席が空いてるな。行こうぜ」


 武夫が隅のテーブルを指差した。

 運良く空いているスペースがあった。学生服の上着を置いてキープして、料理を取りにカウンターに向かう。


「ウチの学食は食券制だから。カウンター横の券売機で食券を買ってから、奥に持っていくんだよ」


「はい、わかりました」


「ちなみに、俺のお勧めはチキン南蛮定食かな。タルタルソースが絶品だから、いつか食べてみると良いよ」


 萌黄さんに学食のシステムについて説明しておく。


 券売機の前にできた列に並んで、順番が回ってきたら食券を購入する。

 悩んだが、今日は日替わり定食にしておいた。武夫が奢ってくれるということなのでデザートに杏仁豆腐も追加しておく。

 萌黄さんは少し悩んだ様子だったが、おすすめしたチキン南蛮定食の食券を買っていた。

 武夫はカツカレーと肉うどんという組み合わせ。炭水化物を二品頼むという冒涜的な注文の仕方である。


 厨房前のカウンターで食券と料理を交換して、キープしておいた席に着く。

 俺と武夫が向かい合うように座り、左隣に萌黄さんが座ってくる。


「あ、このチキン南蛮、本当に美味しいですね。タルタルソースも良いですけど、唐揚げも良く下味がついてます」


「そうだよね。俺も三日に一回は食べちゃうんだよな」


「ホムラって鶏肉好きだよな。コンビニだといつも唐揚げかチキン頼んでるし」


「別に良いだろう。美味いんだよ、鶏肉」


「私も鶏肉派ですよ。ローストチキンとか美味しいですよね」


「そういえば、学校の近くのコンビニでローストチキン売り出したよね。骨付きのやつ」


「そうなんですか? それは気になりますね」


「最近のコンビニ総菜はクオリティ高いからね、俺も今度食べてみようかな」


 俺達は和気藹々わきあいあいと食事をとる。

 武夫とは幼馴染で、もちろん慣れ親しんだ仲だったが……意外なことに、萌黄さんもわりと話しやすかった。

 外見は長い黒髪をなびかせたお嬢様っぽい雰囲気なのに、こちらの冗談にもキチンと乗ってくれるし、聞き上手で話しやすい。


 周囲からは美貌の転校生を珍しがる視線が集まっているが……それが気にならないほど、会話が弾んでいた。


「ところで……こんなことを聞いては失礼かもしれませんけど、鬼島君は彼女さんと別れたんですか?」


 料理を食べ終えたタイミングで、萌黄さんがその話題を切り出してきた。


「あー……さっきの話か。そうだよ。はっきりと『別れる』って宣言したわけじゃないけど、もう交際は続けられないかな?」


「そうなんですか……大変だったんですね」


 俺の表情を見て、萌黄さんが痛ましそうに言う。


「私も前の学校で交際していた男性がいたんですけど、他の女子とも付き合っていたようで別れたんですよ。相手の男性は渋っていましたけど……ちょうど良いタイミングで転校が決まったので助かりました」


「そうなんだ……何というか、相手の男も馬鹿だね。萌黄さんみたいな彼女がいて浮気するとか」


 萌黄さんほど話しやすくて綺麗な女子はいないだろう。いったい、どんな不満があったというのだろう。


「相手の女性はただの遊びで、本命は私だと言っていましたが……そんなこと言われても信じることなんてできないですよね」


「……そうだね。まったくその通りだ」


「裏切られた方はそのことを忘れられない。どんな理由であったとしても、傷つけられた痛みは消えませんから」


「…………」


 萌黄さんがこんな話をしているのは、辛いのは一人ではないと慰めてくれているのだろう。

 初対面に近い俺のためにわざわざプライベートな話を明かしてくれるなんて、本当に良い子じゃないか。


「……守れて良かったな。本当に」


「え? 何かおっしゃいましたか?」


「いや、こっちの話。お互い浮気性の恋人のことは忘れようか。忘れて幸せになることが一番の復讐だよね」


「そうですね、同感です」


「ふーん、へー……」


 笑い合っている俺と萌黄さんに、何故か向かいの席の武夫が愉快そうな顔をしていた。


「……何だよ、気持ち悪いな」


「失恋したばかりの友人が思ったよりも元気そうだったからな……いや、どうやら心配無用だったようだ」


「……たぶん、お前が思っているようなことじゃないぞ。余計な気を回すなよ」


「へいへい、わかりましたよー……っと」


 わかっているのかいないのか……武夫はニヤニヤとした笑みで口笛を吹く。

 いちいち、そっちに話を持っていかないで欲しい。

 俺は憮然としつつも、食器を載せたトレイを持って立ち上がる。


「もういいよ……コイツは放っておいて、片付けよう」


「アハハハ、そうですね」


「そうだ……良かったら、この後、学校を案内しようか? まだ時間はありそうだし」


「良いんですか、お願いしても?」


「もちろん。えっと、武夫は……」


「おっと、俺はこれから部活のミーティングがあるんだった。お先に失礼しやーす」


 冗談めかして言いながら、武夫はさっさと食器を片付けに行ってしまった。

 どうやら、変な気を回して俺と萌黄さんを二人きりにしたようだ。本当に余計なことばかりする男である。


「……行こうか」


「はい、案内お願いします」


 俺と萌黄さんは食器を返却口に戻して、学食から出ようとする。

 しかし……食堂の入口のところで、もっとも会いたくない人間と顔を合わせてしまった。


「あ……」


「え……」


 学食の入口に呆然と立っているのは、俺の元・彼女……舞原詩織である。

 詩織は俺の顔を見るや大きく目を見開き、まるで幽霊でも見たかのように顔を引きつらせた。

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