第12話 昼休み × 青春

「よーし、それじゃあ行こうぜ! 案内するからついてきなよ!」


「はい、よろしくお願いします」


「…………」


 武夫と萌黄さんが学食に向かって廊下を歩いていき、俺も後に続いていく。

 周囲には昼休みになって堅苦しい授業から解放され、気を抜いた様子の生徒の姿がちらほらとある。

 彼らは友人と雑談をしていたり、カップルで仲睦まじそうに会話をしていたり、部活の相談をしていたり様々である。


 日常的な光景だ。

 ほんの数日前までは俺もその一部だったのだが、今は随分と多く感じられる。


「鬼島君、どうかしましたか?」


「あ、いや。問題ないよ」


 前を歩いていた萌黄さんが心配そうに訊ねてきた。


「もしかして……私がご一緒したら迷惑でしたか?」


「いやいやいやっ! それはない! 誘ったのは武夫だし、むしろ萌黄さんの方が迷惑だったんじゃないかなって思うくらいだよ!」


「ああ、それだったら大丈夫ですよ。鬼島君とお昼を一緒にできて嬉しいです」


 萌黄さんはこちらを振り返り、上目遣いでそんなことを言ってきた。

 社交辞令だとわかっているが……Sランク級美少女からの思わぬセリフがとんでもない威力で胸に突き刺さってくる。


「……惚れてまうやろ」


「え?」


「ごめん、何でもないよ。それよりも……萌黄さんは東京から来たんだよね? こっちじゃ不自由してないかい?」


 八雲市は田舎というほど閑散としてはいないが、やはり都会と比べると人も建物も少ない。

 この町で生まれ育った俺には理解できない苦労があるのではないか。


「うーん……特に思いつきませんね。ヤマゾンからの宅配便に時間がかかることくらいでしょうか?」


「ん? そうなの?」


「はい、東京だったら午前中に注文したら午後には着きますから」


「早っ! 怖っ!」


 ヤマゾンのお届けが早いのはもちろん俺だって知っているが……まさか当日に届くのか。

 ヤマゾンを怖がればいいのか、それとも東京を怖がればいいのだろうか?


「都会はゴミゴミとしているから疲れるんですよね。星だって、この町なら同じ空とは思えないくらい綺麗に見えますし。昨日の夜も思わず散歩に出ちゃったんですよ?」


「へえ……婦女子が夜の散歩とはいただけないね。危ない目に遭ったりしなかった?」


 それとなく探りを入れて見ると、萌黄さんは小首を傾げて「いえ?」と答える。


「何故か貧血で倒れてしまって警察の人に迷惑をかけてしまいましたけど、他は特に問題なかったですよ」


「貧血……?」


「はい、貧血です」


 まさか……大猿に襲われた記憶がないのだろうか?

 あんなインパクトのある出来事を忘れるわけがないと思うのだが……。


『……おそらく、退神師どもが記憶を消したのじゃろうな』


 胸の内から八雷神がささやいてきた。


『奴らは秩序を守ることを自らの使命として課しておる。この娘も何らかの術によって記憶を書き換えられているのじゃろう』


(ああ、そうなんだ? それじゃあ、俺が怪物猿から助けたことも忘れているんだな?)


『ウム。しかし、あくまでも忘れているだけじゃ。何らかのきっかけで思い出す可能性は十分にあるがのう』


「気絶している間におかしな夢を見たような気がしますけど……そういえば、鬼島君って似てるんですよね。夢の中に出てきた男性に……」


「…………!」


 さっそく、萌黄さんが何やら思い出しかけていた。


「いやあ、夢か! うんうん、変な夢を見ることはあるよな! 僕もこの間、元カノが他の男と腕を組んでラブホテルに入ってく夢を見たような……って、アレは現実だー!」


「は、はあ?」


「いや、ジョークだよジョーク! 笑ってくれると嬉しいね、うん!」


「はい……えっと、面白かったですよ?」


 萌黄さんが小さく拍手してくれた。


 うん、わかっている。

 完全にスベっていたし、焦って言わなくても良いことまで言ってしまった。

 俺は馬鹿なのだろうかとなじりたくなるような醜態だ。


「彼女に浮気されたって……つまり、鬼島君はフリーってことですよね」


「へ?」


「いえ、鬼島君には恋人さんとかいないのかなーって」


「あー……いないよ。今は」


 別れ話こそしていないものの、詩織とはもう完全に終わっている。


「そうですか! ちなみに、私も彼氏はいないんですよ?」


「は、はあ。そうなんだ……?」


「はい、だからお互いに遠慮はいりませんね!」


「え、遠慮って……」


 予想を飛び越えてくる萌黄さんの言葉に困惑する俺であったが、前を歩いている武夫が手を振ってくる。


「おーい、早く来いよー! 学食の席が無くなっちまうぞー!」


「あ、いけない! 鬼島君、行きましょう!」


「あ、は……はい?」


 萌黄さんが……清楚系アイドルのような美少女が俺の手を引き、小走りで駆けだす。

 右手を包み込む柔らかな手の感触。温かな体温。

 まるで青春マンガの1ページのような出来事に俺は思考能力を失ってしまい、されるがままに引っ張られていくのであった。

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