第11話 美男 × 美女
一限目の授業までが終わって休み時間になった。
途端に教室の空気が緩んで、ワイワイとクラスメイトが騒ぎ出す。
「ねえねえ、萌黄さんはどこから転校してきたの?」
「転校したのは親の仕事の都合だっけ? 何の仕事をやってるの?」
クラスメイトが俺達の席を……というか、美少女転校生である萌黄さんを取り囲んで、騒ぎ始める。
「はい、父は会社勤めなんですけど、急にこっちの支社に転勤になってしまいまして。何でも、支社の責任者をしていた人が体の不調が理由で退職されたらしくて、後任に選ばれたそうです」
「へー、そうなんだ。出身はどこなの?」
「一応、東京です」
「わ、都会だ! すごーい!」
「えっと……別に東京全部が都会というわけでもないんですけど……」
萌黄さんは困ったような笑みを浮かべながら、クラスメイトの質問攻めに無難に対応していた。
話しかけているのは主に女子生徒だが、男子生徒も輪の外で羨ましそうに見つめている。
萌黄さんは清楚な雰囲気の美人さんでありながらスタイルが良く、制服の胸元を押し上げる膨らみは男女の差別なく視線を引き寄せるものだった。
(これだけの美人がスタイルも良いんだから、そりゃあ注目を浴びるのも無理はないよな)
『ほお? 小僧もやはり男じゃのう。女の胸に夢中なのか?』
心の中でのつぶやきに、八雷神が揶揄うように応える。
『そんなに気に入ったというのなら、狒々神から命を救ったのが自分だと明かしてみたらどうじゃ? 謝礼として乳の一つも揉ませてくれるやもしれぬぞ?』
(変態かよ……どんなカミングアウトの仕方だ)
仮に正体を打ち明ける日が来るとしても、そんな動機は有り得ない。
助けたんだから乳揉ませろとか最低過ぎるだろうが。
(それにしても……良くもまあ、普通に登校できたものだよね。昨晩、あんなことがあったばっかりなのに)
萌黄さんは昨晩、怪物猿に襲われて殺されそうになっていた。
服を破られて半裸になり、食べられそうになっていたというのに……翌日、休むことなく転校先の学校に登校しているのだから驚かされる。
『女子というのは
(恋人に刺殺されたんだから騒ぎもするって。とんでもない大事件じゃないか)
「好きな食べ物は? 彼氏はいるの?」
「どこに住んでいるの? アパート、それとも一戸建て?」
「MINEのID教えてよ! クラスのグループに誘うからさ!」
「あ……ええっと……」
俺が八雷神と会話している横では、矢継ぎ早に質問を浴びせられた萌黄さんが困ったような顔をしている。
止めてあげた方が良いのかと迷っていると……ガラリと教室の扉が勢い良く開けられた。
「ホムラ、お前ってば大丈夫かよ!」
「武夫?」
教室に飛び込んできたのは、俺の親友である村上武夫だった。
「お前、MINE返せよな! いつまでも返事がないから、メチャクチャ心配したじゃねーか!」
武夫は他のクラスメイトを気にかけることなく、萌黄さんを囲む人の輪を割ってこちらに向かって歩いてきた。
驚くべき空気の読めなさ加減であったが、スポーツマンで顔も良いため誰も文句を言えずに道を開けている。
「あー……ごめん、スマホ壊れちゃって。まだ買い換えてないんだよ」
「心配させやがって……家にも行ったけど、留守だったからガチで焦ったぞ」
「ごめんって……色々とあったから昨日は寝込んでたんだ。ほら……わかるだろ?」
「あー……そっか、悪い」
武夫が途端に気まずい表情になる。
詩織が浮気をしていた事実に気がつき、俺に教えてくれたのは武夫だった。
彼女と話し合うようにアドバイスをしてくれたのも武夫。俺の様子から、話し合いの結果が芳しくなかったと予想したのだろう。
(実際には予想以上に悪い結果だろうけどね。殺されてるんだもん)
『小僧の友人にはわからぬことよな。カカッ!』
「その……なんだ、やっぱりアレだったのか?」
武夫が気まずそうな顔のまま訊ねてきた。
アレというのは『浮気をしていた』のかということだろう。
周りにクラスメイトがいることを考慮して、あえて言葉を濁してくれたらしい。
「ああ、そうだったみたいだ。武夫は正しかったよ」
「正しかったって、それじゃあ……」
「心配いらない……もう、終わったことだ」
「ホムラ……!」
武夫が涙ぐんで、俺の首に腕を回してきた。
「昼飯、奢ってやるからな! ラーメンでも定食でも好きなもんを頼みな!」
「マジで? やった、今月ピンチだったんだよ! 助かる!」
俺は武夫の好意に喝采した。
今月は切り詰めなくてはいけないと思っていたところだ。素直に助かる。
「あの……鬼島君、そちらの方はどなたですか?」
隣の席から萌黄さんが訊ねてきた。
チョコンと右手を挙げているのが可愛らしい。
「隣のクラスの村上武夫。俺の友達だよ」
「ああ、この子が噂の転校生か。村上だ、よろしくな!」
「よろしくお願いします。萌黄です」
武夫と萌黄さんが自己紹介を交わす。
爽やかなスポーツマン系のイケメンである武夫と、透明感のある美人である萌黄さん。
並んで立てばさぞや
(まあ、武夫は大学生の彼女持ちだからそれはないんだけど……美男美女ってのは会話しているだけでも絵になるんだな)
『何じゃ、嫉妬しておるのか? 自分が助けた女が別の男と話していて』
(嫉妬だったら、恋人を奪った男に一生分したよ。放っておいてくれ)
俺が八雷神と言い合っている間にも、武夫と萌黄さんは和やかに会話をしている。
しかし、唐突にその会話が予想外の方向に進む。
「ホムラの隣の席か。それじゃあ、俺のダチがこれから世話になりそうだな! 親睦も兼ねて昼休みに学食に行こうぜ。アンタにも奢ってやるからさ!」
「武夫……急に何を言い出すんだよ」
俺は呆れて親友の脇腹を小突く。
いくらこの男が社交的とはいえ、いきなり誘ったら迷惑じゃないか。
「良いじゃないか。心配しなくてもバイト代出たばっかりだから、懐に余裕はあるぜ?」
「いや、そういう問題じゃなくてな……」
そう……そういう問題ではないのだ。
あまり距離を詰めてしまったら、昨晩、怪物猿から助けたのが俺であると気づかれてしまうかもしれない。
バレて何が困るのかは具体的にはわからないが……秘密が広まって良いことでないのは、容易に想像できる。
「奢っていただくのは大丈夫です……だけど、学食にはご一緒させてください」
「へ……?」
「私もお弁当は持ってきていないので、学食か購買で済ませようと思っていたんです。案内していただけると助かります」
萌黄さんがまさかのオッケーを出してきた。
驚く俺の方にも顔を向けてきて、ニッコリと微笑んだ。
「鬼島君も良いですよね? 迷惑でしたらやめておきますけど……」
「……迷惑ではないね、うん」
申し訳なさそうに眉尻を下げる萌黄さんに、俺はフルフルと首を振る。
この状況で彼女を拒める男がいるだろうか……いや、いるわけがない。
巨乳の美少女転校生が自分と一緒に食事を摂りたいと言ってきたのを拒めるのは、彼女持ちか菩薩の域に至った高僧だけだろう。
「ええっ!」
「マジかよっ!」
「俺も誘おうと思ってたのに……嘘だろ!?」
「村上め……やっぱり顔なのか。チクショウ!」
周りにいたクラスメイトから怨嗟と悲嘆の声が上がる。
「決まりだな! それじゃあ、昼飯は三人で食おうぜ!」
「はい、楽しみです」
無駄に明るくて空気の読めない武夫はともかくとして、萌黄さんも妙に嬉しそうである。
「ムウ……」
もしかすると、萌黄さんは武夫に一目ぼれしてしまったのだろうか。
そうであるならば、昼食の誘いにあっさりと乗ってきたことも納得がいく。
(武夫は彼女持ちだし、年上以外は対象外だからな……萌黄さんが傷つくことにならなければいいんだけど……)
『そうか? あの娘が見ていたのはどちらかというと……』
(なんだよ、何か言いたげだな?)
『いや……やめておこう』
胸の内に問いかけるが、八雷神がとぼけるような空気が伝わってきた。
『放っておいた方が面白そうじゃ。小僧、若者らしくせいぜい懊悩するが良いぞ』
「…………」
玩具で遊ぶような言いざまに、俺は無言でしかめっ面になったのである。
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