第3話 頼み事 × 選択

「とりあえず……その頼み事から先に聞かせてもらえないかな? そうじゃなくちゃ、素直に『はい』とは言えないよ」


『ウム、良いじゃろう。話してやる』


 姫様が尊大に言って、頼み事とやらについて話し出した。


『先ほども話した通り、百年ほど前から黄泉より逃亡する堕神が増えておる。その理由なのじゃが……黄泉の入口をふさぐ『道返ちがえし』の神が眠りについたことが原因じゃ』


「道返し……?」


『ウム、黄泉とは本来は一方通行。入ることはできても出ることは不可能なのが道理じゃ。しかし、黄泉の出口をふさいでいた『道返し』が眠りについたことにより、出たい放題になってしまっておるのじゃ』


 姫様が闇の向こうで溜息をつく。


『おかげで、堕神どもを見張っている妾の仕事は増える一方。隙を見て外に出た堕神が好き勝手にやりおって、上から責任も追及されている始末じゃ。そこで……お主には二つのことをしてもらいたい』


「……何だよ」


『一つ目は、黄泉から逃げ出した堕神の討伐じゃ。外で暴れまわっている奴らを討ち滅ぼしてもらいたい。「自分にそんな力はない」などと言うてくれるなよ。仕事に必要な力はこちらで授けるから心配はいらぬ』


「…………」


『もう一つは、『道返し』の神を復活させて欲しい。具体的な方法については、その時が来てから改めて指示を出そう……どうじゃ、やってくれるか?』


「…………」


 姫様に問われ、俺は沈黙した。

 頼み事を聞いてくれるのならば生き返らせてやる……ということは、頼みを断ったら、そのままあの世行きということだろう。

 それだけは御免だ。こんな形で……彼女に浮気されて刺されて死ぬなんて、そんな形で人生を終えたくはない。

 だけど……一つだけ、気になっていることがあった。


「……質問してもいいか?」


『何じゃ? 言ってみるが良い』


「どうして、俺が選ばれたんだ? 世の中には死んで命を落とす人間なんていくらでもいるだろう? その中で、どうして俺なんだ?」


 自分が選ばれたのには、何か理由があるのではないか?

 そんな疑問をもって問いかけるが……闇の向こうから返ってきたのは、嘲りの笑いだった。


『フフフフフッ……若いのう、小僧』


「何だって?」


『よもや……自分が特別な人間だから、選ばれたとでも思うておるのか? 大した取り柄があるわけでもなく、女に袖にされたくらいのことで堕神に付け込まれた貴様が神に見初められるような人間だと思うたか。笑わせてくれるの!』


 姫様は嫌味をタップリと込めて、俺のことをこき下ろす。


『小僧、お主がこうして妾の目に留まったのは、ただの偶然じゃよ。たまたま仕事を任せたい人間を探していた折に、無様に刺されて死んだわっぱがいた。幼子に仕事を任せるわけにはいかず、老人は生への執着が薄い……年の頃もちょうど良かった。ただ、それだけのこと。特別な理由などあるまいよ』


「…………」


『さあ、質問に答えてやったぞ。そろそろ、答えを出すが良い……生きて妾の手足となるか、それとも死して永久とこしえの眠りにつくか。小僧が断るのならば、妾はすぐに次を探すことにするよ』


「……わかった。わかったよ」


 俺は肩を落として、天を仰ぐ。

 見上げた空も真っ暗で、星も月も見えやしない。

 まるで自分の行く先を示しているかのように、どこまでも暗闇が広がっている。


「……最初から、選択肢なんてなかったみたいだ。断ったら死ぬんだから選ぶまでもない」


『ほう、つまり……』


「ああ……俺は貴方の手下になるよ。何だってするから、生き返らせてくれ」


 俺があきらめて言うと、闇の向こうから満足げに頷く気配が伝わってくる。


『良きかな。望み通り、生き返らせて進ぜよう』


 姫様が鷹揚に言うと、目の前に青白い光玉が浮かんでくる。

 人魂のような光玉は、避ける暇もなく、俺の胸に吸い込まれていく。

 途端に胸に温かさが満ちていき、貫かれた傷口がふさがり、心臓が拍動を取り戻す。


『小僧……新しい命、そして堕神と戦うための力を授けた。現世に帰って使命を果たすが良い』


「うッ……!」


 まるで吸い込まれるようにして、意識が遠ざかっていく。

 矛盾しているようだが……刺されて死んだときと同じように。


すべきことをせ。約定を違えれば、そなたの命は蝋燭ろうそくの火が消えるようにして失われるじゃろう』


 そんな言葉を最後にして、俺は闇の世界から外に放り出された。

 闇に閉ざされていた視界が光に満たされていき、目の前に現れた光景は……?

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