第16話 告白 × 接近


 職員室ではありのままを話すことなく、「校舎裏で誰かが争っていて怪我人も出ているみたいだ」というふうにぼかして報告をした。

 後の始末を教員に任せた頃には昼休みもあとわずかになっていたので、慌てて教室に戻る。


「あ、おかえりなさい。鬼島君」


 二度目の戦いを終えて教室に戻った俺を、隣の席の萌黄さんが出迎えてくれた。


「た、ただいま?」


 疑問形になってしまったのは、「おかえり、ただいま」というこのやり取りに妙な照れくささを感じてしまったからである。


「用事はもう終わったんですか?」


「ああ、問題なく。それよりも……さっきは悪かったね。途中で案内を放り出して」


「いえ、用事があったのでは仕方がありません。気にしないでください」


 萌黄さんが穏やかな笑みを向けてきた。

 本当に聖女のような笑みである。色々と心が荒んでいることもあって、本気で惚れてまいそうである。


「あのー……もしかして、二人はお昼休み一緒だったの?」


「む……」


 クラスの女子の一人が挙手をして訊ねてきた。

 どう答えたものかと迷う俺であったが、萌黄さんが穏やかな笑みのままそれに答える。


「はい。お昼ご飯を一緒に摂ってから、校内を案内してもらいました」


「ええっ! それって二人で? それとも、村上君も一緒に?」


「村上君は部活のミーティングがあるとのことでしたから、二人ですけど?」


「嘘だろ!」


「マジかよ! 萌黄さんと二人きりだと!?」


 男子生徒がいきり立った声を上げて、イスから立ち上がる。

 彼らはそろって憎悪の視線をこちらに向けてきて、思わずたじろいでしまう。


「いや……別に校内を案内しただけで変な意味はないからな?」

「だとしても、お前ばっかりズルいだろ!」


「彼女持ちのくせに浮気してんじゃねーよ! 舞原さんはどうしたんだよ!」


 嫉妬に狂い、男子らが噛みつくように言ってきた。

 俺は詰め寄ってくる彼らを「どうどう」と両手で押さえながら、何でもないことのようにその事実を打ち明ける。


「詩織とは別れたよ。先週の土曜日にね」


 この際だから、もう言ってしまうことにした。

 別にバレても困ることではない……少なくとも、俺の方は。


「別れたって……」


「はあ? マジでか!?」


「あんなに仲が良かったのに……何かあったのか?」


 俺と詩織が付き合っていることはクラス中が知っていた。

 全員が驚きの表情をしており、こちらに視線が集まってくる。


「詩織が浮気してたんだよ。大学生……かどうかは知らないけど、年上の男と」


「「「「「ええっ!?」」」」」


 男子も女子も、そろってクラス中からさらなる驚愕の声が上がった。


「舞原さんが……嘘でしょう!?」


「可愛い顔して二股かよ……しかも大学生の彼氏持ちとはな……」


「あー……そういえば、男と歩いているの見たことあるかも。てっきり兄弟とかだと思ってたんだけど……」


「まあ……鬼島と舞原さんとじゃ釣り合ってなかったもんな。無理もない」


「鬼島だもんな。ブサイクじゃないけど地味だし」


「やーい、ネトラレ男! ざまあ、ざまあ!」


「よし、お前らそこに並べ。一発ずつ殴ってやるから」


 騒ぎに紛れて普通に悪口を言ってくる男子らを睨んでおく。


 俺が浮気されて捨てられたことを知ったクラスメイトの反応はさまざまである。

 一部の男子は揶揄ったりしてくるものの、他の者達から向けられる視線は同情的だった。


「だからさ、もしも詩織が教室に来て俺に話があるとか言ってきても、適当に追い払ってくれるかな? 正直、俺の方からはアイツと話すことなんてないから」


 こう言っておけば、詩織が教室に来ても周りがあしらってくれるだろう。

 殺されたはずが復活した俺に対して退神師としてアプローチをしてくるのであれば話は別だが、少なくとも元カレとして詩織と話すことはなかった。


「それは良いけど……えっと、浮気って本当なの? 勘違いとかじゃなくて?」


 女子の一人がおずおずと訊ねてきた。

 彼女は詩織の中学からの友人であり、仲が良かった。友人が浮気をするような女だと信じられないのだろう。


「間違いないよ。先週の土曜日に彼氏とホテルに入ろうとしている現場を押さえたから」


「そんな……」


「疑うようなら写真もあるよ。俺のスマホはちょっと壊れちゃったんだけど、武夫がまだ持ってるはずだから。後で見せようか?」


「…………」


 詩織の友人が黙り込む。

 そんなつもりはなかったのだが、責めるような口調になってしまったかもしれない。


「ごめんね、そういうことだから」


「ううん。こっちこそごめんなさい。詩織には私の方から話してみるわ。この教室には来ないように言っておくから」


「ありがとう。助かるよ」


 これでクラス内での対応は良いだろう。

 いざとなれば証拠もあることだし、詩織の有責で別れたことを公言できた。

 一つ問題が片付いたと胸を撫で下ろす俺であったが……すぐに別の爆弾が投下されることになる。


「つまり、鬼島君はフリーなので誰と付き合おうと問題はないということです。例えば、私とデートをしても問題ないわけですね」


「は……?」


 萌黄さんが慈母のような笑みのまま、冗談めかして言う。

 予想外の言葉に沈黙州が広がる教室であったが、すぐに蜂の巣を突いたような騒ぎになる。


「ええええええええええええええええっ!?」


「何で!? いつの間にそんな親しくなったの!?」


「萌黄さんは鬼島狙い!? 嘘だろ!?」


「ちょ……萌黄さん!? 何を言ってんの!?」


 沸き立つ教室に怯みながら、俺は萌黄さんを問い詰める。


「ただの冗談だったんですけどね? まさかこんなに盛り上がってしまうとは……困りました」


「困ってるのは俺の方だよ……どうするんだ、この騒ぎ」


「今のって告白!? 転校初日なのに……やっぱり東京って進んでる!」


「もしかして、舞原さんと三角関係……ううん、大学生の彼氏も合わせて四角関係だったの!?」


「どうして鬼島ばっかり……俺達と何が違うってんだ!」


「呪う呪う呪う呪う……鬼島焔、爆発しろ……!」


 男子から嫉妬を、女子から好奇の目を向けられて、俺はガックリと肩を落とした。


 恋人と別れて寂しくなるはずの学園生活であったが、思いのほかに明るく騒がしそうである。

 不思議なくらい積極的距離を詰めてくる萌黄さんに、やっぱり彼女は記憶があるんじゃないかと疑いを抱くのであった。

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