第5話 着替え × 見知らぬ村

 寺の中を物色しているうちに、寝かされていた部屋の隣の座敷に木箱が置かれているのを見つけた。

 その中には財布などの俺の持ち物が入っており、財布も無事だった。

 ただし、スマホは縦長の大きな穴が開いていて完全に壊れている。

 画面が割れているとかいう次元ではない。胸ポケットに入れていたため、詩織の剣で貫かれてしまったのだろう。


「スマホが弾丸を受け止めてくれて助かった……とか刑事ドラマみたいなこと、現実にはないよな。一緒に殺られてんじゃん」


 一応は服も入っていたのだが……胸元に大きな穴が開いており、ベットリと血も付いていて着られたものではなかった。


「お、こっちの服は着られそうだな」


 幸い、別の部屋のタンスに男性物の服を見つけた。

 先ほど、スコップを振り回していた坊主の物だろうか。

 勝手ではあったが……無難なところでシャツとジーンズをお借りして、死に装束から着替える。もちろん、頭の三角のやつも外して畳に投げつけた。


「さて……これから、どうしようかな?」


 まずはここが何処なのか、場所を確認したい。

 スコップ坊主に訊ねるのが早いが……個人的にはあの男を起こしたくはない。また暴れ出したら面倒そうだし。

 地図とかないかと部屋をさらに物色していると、テーブルの上にスマホが置かれていた。これも坊主の物だろう。

 スマホを起動させると不用心なことにロックがかかっていなかった。アンテナ一本ではあるが電波も通っており、これで場所を確認することができそうだ。


「ここは……一応は市内なのか?」


 地図アプリを使って場所を確認すると……ここが『温羅郡うらのぐん』という山奥の集落であることがわかった。

 一応は俺が住んでいた『八雲市』という町の一部、端の端である。バスもちゃんと通っていて、帰ることができるルートもあるようだ。


「良かった……どうにか帰れそうだな。あの人は、気絶したままか」


 ジャージ姿のスコップ坊主を確認すると、俺に殴られて倒れた姿勢のまま気を失っている。

 念のためにもう一度、呼吸を確認するが……特におかしいところはない。このまま放っておいても問題ないだろう。


「この服はもらっていく。スマホも借りるよ。そっちはスコップで殴り殺そうとしたんだから、これくらいは慰謝料として貰って行ってもいいだろう?」


 気絶している男に言い置いて、そのまま建物から外に出た。地図を頼りにバス停に向かう。

 日本家屋の建物から出て改めて気がついたことだが……やはりここは寺だったらしい。

 敷地の入口には、読み方のわからない『巳温寺』という寺名が書かれた木札が掛けられていた。


 寺の周囲は田園風景に囲まれており、まばらながら古い家屋が立っている。

 同じ八雲市にあるとは思えない。日本の原風景のような光景だ。


「お、あった」


 それでも、見知らぬ村落の中を歩き回っているうちにバス停を見つけることができた。

 バスは一日に二本しか来ないようだが……幸い、夕方のバスに間に合いそうだ。時刻表によると一時間ほどで次のバスが来るらしい。


「……って、日付が変わってるじゃないか!」


 バスを待っている間にスマホを再度確認して気がついたが、俺が恋人の浮気現場に遭遇して刺殺されてから丸一日が経過している。

 俺が刺されてから、いったい何があったのだろう。どういう経緯があり、この寺に運び込まれたというのだろう。

 家族には、学校には……俺が死んだことは伝わっているのだろうか?


「死亡届とか出されてないよな……?」


 スマホが無事なら友人知人に確認できるのだが、残念ながら俺と一緒にお釈迦しゃかになっている。着信を確認しようがない。


 ただ、これは完全な推測であるが……詩織は俺を殺害したことを表沙汰にしていないような気がする。

 もしも俺の死が公然のものであるとすれば、運び込まれるのは見知らぬ山奥の寺ではなく、近所にある檀家の寺のはずだ。

 堕神に憑依されて刺殺されるという表沙汰にできない死に方をしたため、俺が死んだことは公表されず、何らかの方法であの寺に遺体を運び込んで後始末を任せたのではないか。

 ゆえに、自分の死は家族や友人にも知らされていない……そんな気がした。


「退神師といったか……人を殺しておいて、揉み消せる程度の権力は持っているのかな。おっかない話だ」


 姫様は詩織のことを『退神師』と呼んでいた。

 ひょっとすると、そういう特殊な職業の人間を集めた組織や秘密結社が存在して、俺が殺されたことを隠ぺいしているのかもしれない。

 ライトノベルのような話ではあるが、死んで復活しておいて、今さらありえないとは思わなかった。


「……まさか恋人がこんなヤバいことに関わっていたとは。最悪だ」


 あるいは、退神師である彼女らにとってはこれが日常なのだろう。

 堕神と呼ばれる邪悪な敵と戦い、その過程で命を落とした一般人を闇に葬り、行方不明者にしてきたのかもしれない。

 自分もあと少しで、そんな行方不明者の一人になるところだったと思うと……背筋に悪寒が走ってくる。


「早く帰って寝よう……」


 ちょうど良いタイミングで、バスがやってきた。

 バスの中には運転手以外に誰もいない。バス停で待っている俺を見ると、運転手はわずかに驚いたような顔をしていた。

 この集落からバスに乗る人間がよほど珍しいのだろう。

 俺は迷うことなくバスに飛び乗り、そのまま見知らぬ集落を後にしたのである。

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