第21話 夢 × 説明
その日の夜の出来事。
一人きりで食事を摂り、風呂に入ってベッドについた俺であったが、気がつけば深い深い暗闇の中にいた。
(この世界は……?)
その場所には覚えがある。
数日前、俺が詩織に刺されて死んだ際にやってきた場所。
黄泉の国の管理者である『常世の媛』と会って話をした、この世とあの世の境……『黄泉平坂』である。
「おいおい。まさか……また俺は死んでしまったのか?」
『そうそう何度も死んでもらって堪るものか。寝ぼけておるのか、小僧』
「八雷神?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、眼前に紫電をまとった刀が突き刺さる。
バチバチと稲光を放つそれは俺の中に宿った黄泉の神の加護……神剣である『八雷神』そのものだった。
「アンタは……?」
そして突き刺さった大太刀に背中を預けるようにして立つ女性の姿。
骨のように白い肌と漆黒の髪。喪服のような衣装を着崩した女がそこにはいた。
『いかに女に纏わりつかれて浮足立っていようとも、誰かわからぬほど惚けてはおるまい?』
「……八雷神なのか、お前?」
『お前呼ばわりは不愉快じゃが、こうして人の姿で参ってやったぞ』
クスクスと嘲るような笑い方は間違いなく八雷神のものだった。
刀を背にして立つ女は顔の部分だけが黒い面でも被っているかのように見ることができない。代わりに着崩した着物からは豊満な胸の谷間が覗いているのだが。
『ちなみに……妾の姿はこうと決まったものではなく、小僧のイメージを元にしている。顔よりも先に身体を形作るとは色狂いめ。そんなに妾の乳が気になっておったのか?』
「…………」
その指摘にぐうの音も出ず、思わず押し黙ってしまう。
確かに、目の前にいる人型の八雷神の姿は「こんな感じかな?」と頭の中で想像していたものと同じである。
それこそ、着物からこぼれ落ちそうになっている二つの果実の大きさもそのものだ。
『顔の造形が曖昧なのは許してやろう。妾となれば相当な美女に相違ないじゃろうからな。小僧の貧相な想像力では限界があろう。適当な顔を見繕って自分で用意するとしようかのう』
「う、うるさいなあ! それよりも……わざわざ夢の中に出てきて何の用だよ!」
さすがの俺もここが現実世界でないことは気がついていた。
先ほど、ベッドで眠った記憶もあることだし、おそらく夢の中だろうと察しがつく。
「わざわざそんな人型を用意するくらいだ。何か大事な話でもあるんだろう?」
『フム……そうじゃな。その通りじゃ』
八雷神がつまらなそうに鼻を鳴らして、本題へと入る。
『小僧。そなたは昨晩に狒々神を、今日の内に禍津霊を二体討滅している。そして、あの盗人の小娘とも相対して、相手の精神状態が不十分であったとはいえ退けた。これからもお役目を続けていけそうじゃと判断して、これまで話していなかったことを教えてやろう』
「……ようやくか。随分と待たせてくれたよな」
お姫様といい、八雷神といい……必要な情報をちっとも教えてくれないと思っていたところだ。
中途半端な力と知識だけ与えられて敵と戦わされて、いったい自分が何のために戦っているのかもよくわかっていなかった。
「そもそも、どうして隠したんだよ。最初から教えてくれてもいいだろうが」
『別に隠していたつもりはない。ただ、ゆっくりと話す機会がなかっただけじゃよ』
「同じだろうが……それで、何を教えてくれるんだ?」
『まずはお役目の内容についての確認じゃ。小僧、そなたに与えられた役割は二つ。一つ目は黄泉から逃げ出した逃亡者……『堕神』の討伐』
「…………」
俺は頷いた。
すでに何度か経験していることである。
『そして、もう一つ。眠りについている『道返し』の神の復活じゃ』
「そんなことをお姫様が言っていたな。具体的にどうすればいいとか全く教えてもらってなかったけど」
『道返し』の神というのがどういう存在なのかも不明。どうして眠りについているのかも。
『『道返し』は黄泉平坂を守る門番のようなものじゃな。黄泉から逃げ出して現世に抜け出そうとする堕神や悪霊を追い返す役割を持っている』
「…………」
「かの神は百年前に眠りについてしもうた。退神師どもの罠に嵌められてな」
「退神師って……詩織のことだったか?」
詩織と、それに婚約者の男がそんなふうに呼ばれていた気がする。
堕神と戦う役割を持った人間という話ではなかったか。
『ウム、奴らは堕神と戦う役割を持っていてな。黄泉の門がある八雲の地には、十の家が江戸の御代より根を張っておる』
八雷神の説明によると、人間に害悪を成す神……堕神は日本各地に出没しているらしい。
その中でも、八雲市にはあの世の門……『黄泉平坂』があることで堕神の発生率が非常に高く、退神師が管理者のごとく幅を利かせているらしい。
警察などの官憲にはもちろん顔が利くし、市長や市議会も退神師の十家には逆らうことができないようだ。
「なるほどね。俺が殺されたことが明るみになっていなかったのも、国家権力……というと大袈裟かもしれないけど、公的な力を味方につけていたことが理由か」
『ウム、街中で人を刺し殺してなかったことにできるのじゃから、それなりの力の持ち主ということになるじゃろうな』
本来であれば、あのまま俺は行方不明になって処理されていたことだろう。
詩織に生存がバレたこともあるし、何らかの接触を図ってくる可能性もある。
『さて……ここからが本題なのじゃが、八雲市にいる十家の退神師どもがかつて『道返し』の神を騙して儀式を行い、かの者の権能を奪い取った。即ち、黄泉の宝物……『
「『十種の冥宝』……?」
『小僧も覚えがあるじゃろう? そなたを刺し殺した小娘の剣……あれもまた『十種の冥宝』の一つじゃよ』
「…………!」
忘れるものか。自分の心臓を刺し貫いた刀なのだ。
あの刀と詩織の顔を思い出した途端、俺は強い幻痛を左胸に感じた。
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