第22話 使命 × 拒絶

 夢の中の世界。

 八雷神に明かされた、俺のもう一つのお役目。

 それは詩織を含めた退神師らが『道返し』の神から奪い取った力……『十種の冥宝』を奪い返すことである。


『『道返し』の神を復活させるためには、『十種の冥宝』を奪い返さねばならぬ。それが小僧に与えられたもう一つのお役目じゃ』


『十種』というからには、詩織の剣を含めて十の宝があるのだろう。

 それらを全て奪い返すことが俺に与えられた役割。文字通りに黄泉返らされた理由である。


『小僧、『道返し』の神を目覚めさせることができれば、この町に現れる堕神の数も大きく減ることになる。そなたのお役目は終わり、本来の日常に戻ることができるじゃろう』


「それは……!」


 つまり、元通りの平凡な日常に帰ることができるということか。

 命を賭けて堕神と戦ったりすることもなく、普通の高校生として生きていくことができるということになる。


「ちょっと待った。その宝を取り戻すことが目的だったら、どうして詩織と会ったときにそれを教えてくれなかったんだよ!」


 俺はまさに今日、詩織から剣を向けられて戦った。

 それは戦いなんて呼べないようなお粗末なものだったが、その時に剣を奪い返してやれば良かったのではないか。


『そう上手くはゆかぬのだよ。十種の宝は特殊な術によって拘束され、継承されているのじゃからな』


「継承……?」


『ウム、仮に小僧があの娘から剣を奪ったとしても、正当な所有者として認められていない者には持つことはできぬ。すぐに娘の手に戻ってしまうじゃろうな。妾が小僧の身体に宿っていて、他者に使うことができぬのと同じじゃよ』


「……つまり、その術とやらを解いて、詩織から引き剥がさなくちゃいけないわけか?」


『然り。仮に小娘を殺したとしても、血縁者の誰かに継承されて送られてしまうじゃろう。術を無効化せぬ限り宝物を取り戻すことは不可能じゃ』


「だったら……仮にの話だけど、詩織を含めて血縁者全員が亡くなったらどうなるんだ?」


 正直、一族郎党を皆殺しにするような覚悟はない。

 だけど、それで宝が戻るというのであればシンプルな解決策と言えるだろう。


『奴らが宝を奪ったのは百年前のこと。一族の血がどこまで枝分かれしているかはわからぬ』


 しかし、八雷神が無念そうに首を振った。


『八雲の外に……あるいは、海の外にまで宝が飛んでしまっては対処のしようがないからの。八雲市の内に宝がある状況を崩したくはない』


「……だったら、どうしろって言うんだ?」


『小娘の実家を含めた十の家を調べて、術式の内容について暴くのだ。秘伝書でも見つけることができれば満点じゃな』


「……そんなスパイみたいなことをやれっていうのか、俺に?」


 できる気がしない。

 八雷神のおかげで戦えるようにはなっているが、他人の家に忍び込んで必要なものを盗み出せとか無理ゲー過ぎる。


「そうじゃな……だが、小僧よ。そなたには取れる手段があるじゃろう?」


「手段……?」


「ああ、十家の一員であり、内通者として使える女を知っておるではないか」


「まさか……」


 俺は奥歯を噛んで顔を歪めた。

 八雷神がいうところの内通者が誰であるか気づいたのだ。


「詩織を味方に引き込めっていうのか? 俺を殺した女を?」


 それこそ、ふざけた話である。

 俺が詩織を仲間にして笑顔で握手するだなんて未来は有り得ない。彼女の手を握るくらいならば腕を斬り落とした方がマシだ。


「積極的に殺したいほどの関心はないけど、だからといって味方には出来ないよ。百パーセント不可能だ」


 俺は断言した。

 ここだけは譲れない。

 八雷神の……その背後にいるであろう『常世の媛』のヘイトを買ってしまったとしても、譲歩することができない部分がある。

 詩織との和解はそれほど俺にとって忌まわしいことだった。


『別に小娘を許せとは言わぬ。味方にしろともな』


 しかし、八雷神は何でもないことのようにヒラヒラと手を振った。


『手を組むというよりも『使ってやる』というふうに考えよ。もっと言えば、小娘を生かしておく必要はない。殺して従属させれば良いのじゃからな』


「……どういう意味だ?」


『いずれわかる。小僧がたゆまぬ努力によって精進すれば、そなたの身体に宿ったもう一つの力が目覚めるじゃろう』


「…………?」


『アレは悪食じゃ。早くせねば、小僧の感情を残らず食い尽くされてしまうぞ』


「ちょっ……」


 グラリと視界が反転する。

 世界がひっくり返るような衝撃を受けて、俺は思わず八雷神に手を伸ばす。

 伸ばした手は届かない。

 ただ、黒く覆われた面がケラケラと愉快そうに笑うのが見えた。


 次いで、強い衝撃に頭を襲われる。


「……世界がひっくり返った」


 朝になって目が覚めて、俺はベッドから転がり落ちた体勢のままそんなふうにつぶやいたのであった。


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