第20話 帰路 × ストーカー

 戻ったカラオケルームでさんざん男子らから弄られ、女子からは揶揄からかわれ……転校生である萌黄優菜さんを歓迎する席はお開きとなった。

 時間はすでに夜の十時を周っている。深夜にはまだ遠いが、高校生が街中を歩いていたら警官などに注意される時刻だった。


「ありがとうございます、わざわざ送ってくれて……」


「いや、別に良いよ。もう夜遅いからね」


 俺は萌黄さんを連れて、電灯の明かりに照らされた町中を歩いていた。彼女を自宅まで送っていくためである。

 どうして、俺が名誉ある役割に抜擢されたかというと、たまたま萌黄さんの家が近所だったから。そして、萌黄さん自身の希望である。

 またしても多くの男子らから憎しみと妬みをぶつけられてしまったが、彼らに萌黄さんを任せてヤキモキとさせられるよりはマシだった。


「この辺りも夜は物騒だからね。痴漢とかも出ることもある」


「どこにでも悪い人はいるんですね。決して馬鹿にしているわけじゃありませんけど、都心から離れた地方には痴漢とかいないと思ってました」


「そうなんだ。こっちも勝手な偏見で申し訳ないんだけど、東京ってやっぱり治安が悪かったりするのかな? 不良グループが関東制覇しようとしてたりするの?」


「さあ……どうでしょう。人が多い場所には不良の人達も多いかもしれませんけど、普通にしてたら絡まれたりしませんよ?」


「あ、そうなんだ」


 萌黄さんが田舎者の偏見を苦笑しながら否定する。

 マンガの影響だろうが、でっかい不良グループがいくつもあって、血で血を洗うような抗争をしているものだとばかり思っていた。


「前の学校でも夜中に出歩いて危ない目に遭ったり、補導されたりした子はいましたけど。東京だからって特別珍しいことはありませんよ?」


「ふーん、そんなものなんだ。ちょっと予想と違ったかな? 萌黄さんはこっちに越してきてから不便はないのかい?」


「うーん、お店が少ないのはちょっと不便ですね。でも、町の雰囲気はとても好きですよ。落ち着いていて静かですし」


「田んぼの周りは梅雨になったらえらいことになるけどね。カエルの大合唱で車の排気音がかき消されるとか、体験したことないでしょ?」


「あ、ありません……そうですか。カエルが……」


 どうやら、カエルはあまり好きではなかったらしい。

 萌黄さんは若干、顔を引きつらせた。


 そんな他愛のない話をしているうちに、萌黄さんの家に到着する。

 高い塀で囲まれた日本邸宅は前々から広い家だと思っていたものの、どんな人が住んでいるのかは知らない場所だった。


「ああ、ここが萌黄さんの家だったんだ」


「はい。母の実家なんですけど、父がこちらに転勤になったので間借りさせていただくことになったんです」


「ああ、そうなんだ」


 そういえば、表札には『萌黄』と書かれている。

 これまで家の存在は知っていたが、気にはしていなかった。


「ん?」


 ふと疑問に思ったのだが、ここが母親の実家であるとすれば、萌黄さんは母親の姓ということになるのか。

 まあ、そういうこともあるだろうし、気にするほどのことではないかもしれないが。


「それでは、鬼島君。また明日」


「ああ、また明日」


「あ……そうだ。これ、私の連絡先です。」


「へ……?」


 萌黄さんが折りたたんだ紙を差し出してきた。

 そこには、電話番号とMINEのIDが書かれてある。


「ちゃんと連絡してくださいね。待ってますから」


 爆弾を残して、萌黄さんが屋敷の中へと入っていってしまった。

 俺はしばし呆然と門の前に立ちすくみ、固まってしまう。


「えっと……社交辞令だよね?」


『往生際の悪い小僧じゃのう。さすがにもう逃げ場はないと思うが』


「い、いや……あんな可愛い子が俺なんかに好意を持つわけないだろ。俺は自惚れない。うぬぼれて調子に乗って刺されたりしない……」


 振りきったようでいて、前の彼女のことがトラウマになっているようである。

 萌黄さんが俺を刺したりなんてしないはずだと自分に言い聞かせるが、それを言うのであれば、詩織だってそんなことをするようには見えなかった。


(うん、萌黄さんは優しいから俺みたいな傷心中の陰キャに構ってるだけなんだ。それを好意だなんて勘違いしたら、また酷い目に遭うぞ……)


 人間は思わぬ顔を持っているというのは、臨死体験をした経験から学んだ唯一のことである。同じ失敗をしないように必死になって自分に言い聞かせる。


『まあ、良いわ。それよりも小僧……気づいておるな?』


(……そりゃ、もちろん。殺気プンプンだもの)


「……俺に何か用かな?」


 俺は背後の暗闇に目を向けて、問いかけた。

 街灯の明かりが届かぬ闇の中からヌルリと出てきたのは、さっき倒してきたばかりの元カノ……などではなく、同じ学校の制服姿の男子生徒である。

 ブレザーのタイの色を見る限り同級生のようだが、少なくとも面識のある相手ではなかった。


「何組の生徒かな? 知り合いだったら申し訳ないね?」


「……何故だ」


「あ?」


「何でお前なんだよ。どうしてお前みたいのと優菜ちゃんが一緒に帰ってるんだよ。それはおれのしごとだろ。お前みたいな暗い奴がどうしてもてて、おれはいちどもカノジョガデキタコトガナイナンテ……」


「フンッ!」


「ぐげっ……」


 わけのわからないことを喚く男子生徒の腹にキックをお見舞いする。


「近所迷惑だよ。こんなところで騒ぐな」


「ッッッッッッッッッッ!」


 怯んだ隙に口を押さえて声を出せないようにして、電流を流し込む。

 これで二度目なので電圧の調整も慣れたもの。見知らぬ男子生徒の身体から出てきた黒い靄を取り出した刀で両断する。


「またコイツかよ……普通、一日に二度も出てくるのか?」


 その男子生徒は昼休みに校舎裏で遭遇したのと同じように、禍津霊マガツチに憑りつかれていた。

 カラオケを出たところからずっと後ろをついてくる気配は感じていたのだが、襲いかかってくる様子もなかったので泳がせていたのだ。


『あり得ぬことではないが、巡り合わせが良いとは言えぬな。口ぶりからして、あの小娘を狙っていたようだが……』


「幽霊憑きのストーカーか……萌黄さん、モテそうだもんね」


 禍津霊は心に隙間のある人間に憑依する。

 百パーセント勝手な予想であるが、この少年は俺が萌黄さんと仲良くしているのを見て嫉妬に駆られたのではないだろうか。

 激しい嫉妬と憎悪から人外に付け入る隙を作ってしまい、このように憑依される結果になったのかもしれない。


「まあ、何でも良いけどね」


 男子生徒の呼吸やら脈やらを確認するが、特に問題は無さそうだった。

 萌黄さんの家の前においておけば迷惑がかかるだろうし、適当な所まで引きずっていくとしよう。


(朝に転校生。昼に元カノと幽霊。夜に歓迎会でさらに元カノ、さらに幽霊)


「……忙しすぎるだよ。なんて日だ」


 肩を落としてボヤきながら、俺は男子生徒の襟首をつかんで引きずっていくのであった。

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