彼女の浮気現場を目撃したら斬り殺されました。黄泉の神様の手先になって復活したら彼女が戻ってこいと言っているがもう知らない。
レオナールD
第1話 彼女の浮気 × 斬殺
「お前の彼女、浮気してるぞ」
気の毒そうな顔でそんなことを言ってきたのは、幼稚園からの幼馴染だった。
十年近い付き合いの親友の言葉に、俺……
「詩織が浮気なんてするわけないだろ。冗談でもそんなこと言うなよ」
「あー……冗談だったら良かったんだけどなあ」
親友……村上武夫はスマホを取り出し、そこに映し出された画像を見せてきた。
「へ……?」
その画像を目にして、俺は思わず目を見開いた。
そこには確かに愛する彼女……同じ高校に通う同級生であり、一年前から交際している
詩織は見知らぬ男と腕を組んでおり、どこかの建物の中に入っていこうとしていた。
その建物は……恋人などが一緒に宿泊するお楽しみ施設、いわゆるラブホと呼ばれる場所だった。
「実はさ、前にも舞原さんが男とここに入るのを見たことあったんだよ。ほら、俺のバイト先ってこのホテルのすぐ傍だろ? 気になって、同じ曜日の同じ時間に張っていんだけど……やっぱり間違いなかったみたいだ」
「…………」
「こういうことって、他人が口出しすることじゃないと思うけど……一回、ちゃんと話し合った方が良いぞ?」
「…………ああ、ありがとな。気を遣ってもらって」
俺は気遣わしげに言ってくる村上に、どうにかそれだけ言葉を返す。
その後、俺は証拠の写真を自分のスマホに送ってもらってから、自宅に帰った。
両親はいない。二人とも海外に赴任しているため一人暮らしである。
「……ただいま」
誰にともなくつぶやいて玄関を開くと……いつも以上に、返ってくる沈黙が重く感じられた。
誰もいない
「…………」
自分の部屋に入り、鞄を床に投げ出し……飛び込むようにしてベッドに寝転がる。
そうしている間にも、村上からもらった彼女の浮気現場の映像が頭にずっとこびりついていた。
「土曜日の昼過ぎか……」
それは村上が浮気現場を目撃した時間帯である。
そういえば、これまでにも詩織をデートに誘った際、土曜日は断られていたような気がした。
デートをするのは平日の夕方か日曜・祝日で、土曜日に会ったことはほとんどなかった。
「……ずっと、俺以外の男と会ってたのか? ホテルに入って、そういうことをしてたのか?」
口に出してつぶやくと、自然と目から涙が出てきてしまう。
俺と詩織は付き合ってから一年になるが、いまだにそういう行為をしたことはなかった。
そろそろ、もう一歩前に進んでも良いんじゃないかと頭の片隅で考えてはいたものの、彼女に軽蔑されるのが怖くて尻込みしていたのだ。
ヘタレだったと思う。情けなくて不出来な彼氏だったと思う。
だからって……こんな仕打ちはないだろう。
「……確かめないと」
村上のことを疑うわけではないが……やはり、自分の目で確かめなくては納得できない。
俺は彼女の浮気現場を押さえることを心に決めて、証拠の写真が入ったスマホを握りしめた。
〇 〇 〇
それからの数日間は地獄のようだった。
恋人である舞原詩織はクラスこと違うものの同級生である。もちろん、学校で顔を合わせることもある。
放課後、一緒に帰らないかと誘われたこともあったし、昼食に誘われることもあった。
しかし……浮気の真相を確かめるまではどうしても彼女と顔を合わせる気になれず、アレコレと理由をつけて回避する。
そして……来たるべき土曜日。
俺は事前に村上から聞いていた時間帯に、そのホテルの前にやってきた。
「…………」
物陰に隠れて、詩織が現れるのを待ち構える。
できることならば来ないで欲しい。全て勘違いであって欲しい。
だけど……昨日、詩織に「明日、どこかに遊びに行かない?」とデートの誘いをしたところ、「家の用事があるから」と断られていた。
彼女がここに現れる可能性は低くない。固唾を飲んで、その時が来ないことを祈った。
「あ……」
しかし、無情にもその時が訪れてしまう。
見慣れたシルエットの彼女が、見慣れない男と腕を組んで現れた。
「……詩織」
視線の先には、白いワンピースを着た女性が大学生風の男と腕を組んでいる。
間違いない、人違いなんてあり得ない。俺の彼女である舞原詩織だ。
隣の男に見覚えはないが、腕を組んで歩く様子から親しい間柄であることは明白だった。
「詩織……!」
俺は思わず物陰から飛び出して、詩織に向かって声をかけていた。
「えっ……ホムラ君、どうしてここに……!?」
ホテルに入る寸前で呼び止められ、詩織が酷く驚いた顔をする。
詩織は同年代の女子よりも大人びた雰囲気の女子だ。
アーモンド形の瞳、スラリと鼻筋が通った顔立ちは整っており、長く伸ばした黒い髪には俺がプレゼントしたバレッタをつけている。
服装は私服。俺が見たことのない服だったが……この服は隣の男に買ってもらったものだろうか?
「どうしてはこっちの台詞だよ! 隣の男は誰だ!? どうして、二人でホテルに入ろうとしていたんだ!?」
「そ、それは……」
詩織は慌てた様子で、男と組んでいた腕を離す。
俺に縋るような目を向けてきて……しかし、目が合うと途端に気まずそうな顔を伏せる。
「こ、これは違うのよ。私は浮気をしてたわけじゃなくて、その……」
「おいおい、今さら隠すことはないだろ。こうなったら、彼氏君に全部話しちゃえよ」
「龍斗……!」
言葉を濁す詩織であったが、隣の男性……龍斗とやらがヘラヘラと笑いながら口を開く。
龍斗の年齢は俺よりも少し上。二十歳くらいだろう。
ジーンズにレザーの上着を羽織っており、耳にはピアスも付けている。いかにも遊んでそうな雰囲気の男だった。
「悪いな、彼氏君。俺と詩織はこういう関係なんだ。何度もホテルに入ってセックスをしたし、キスもした。もう二十回以上になるかな? コイツの処女を奪ったのも俺だよ」
「龍斗! やめてっ!」
「浮気したとか思わないでくれよ? そもそも……俺と詩織は親が決めた婚約者なんだ。どっちかというと、浮気相手なのは彼氏君の方だな」
「こ、婚約者……?」
龍斗が口にした言葉を呆然と反復する。
そんな話は聞いたこともない。どうして話してくれなかったのか……いや、違う。そもそも、婚約者がいるのにどうして俺と付き合ったんだ。
「嘘だろ? 告白してきたのは詩織じゃないか。俺のことを好きだって言ったのは、嘘だったのか……?」
「違うの、ホムラ君。私はその……!」
「俺は君のことを知ってたよ。詩織が高校の同級生と付き合っていることは知っていた。だけど……どうせ卒業するまでの遊びだろうと放置していた。つまり、君は詩織に遊ばれたわけだ。俺と結婚するまでのつなぎの彼氏、いわゆる『キープ君』ってやつだな」
「遊び……キープ……」
「やめて! 龍斗、もうやめて!」
愉快そうに語る龍斗に対して、詩織は耳を手で押さえてブンブンと首を振る。
彼女の首の動きに合わせて黒い髪が左右に振り乱され、髪を留めていたバレッタが外れてアスファルトの上に落ちる。
「……詩織、本当なのか? 嘘だと言ってくれよ、婚約者とか冗談だろ?」
「ホムラ君、私はその……」
詩織が瞳に涙を溜めて、傷ついたような表情で肩を震わせた。傷ついているのはこちらの方だというのに。
「ホムラ君……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
しかし、その唇から出てくるのは謝罪ばかり。龍斗の主張を否定する言葉は出てこない。
「……ああ、そうかよ。そうだったんだな」
俺は肩を落とし、確信する。
詩織には本当に婚約者がいたんだ。遊びだったのは自分の方だったのだ。
「好きだったのに……大切にしようと思ってたのに……」
当たり前のように、二人の関係はこれからも続くものだと思っていた。
高校を卒業したら同じ大学に通い。大学を卒業したら結婚する……そんな未来予想図を頭の中で思い描いていた。
しかし、そんな明るい未来を抱いていたのは俺だけだったらしい。
詩織は高校を卒業したら俺を捨てるつもりで、一時の遊びとして俺のことを弄んだのだ。
「ハハッ……馬鹿みたいだ。最悪じゃないか……」
何もかも投げ出して、死んでしまいたい気分だ。
視界が黒く染まっていく。まるで一気に時間が進んで夜になったみたいに。
「ホムラ君っ!?」
「お? マジかよ!」
遠くで詩織の声が聞こえてくる。浮気相手……じゃなくて、詩織の婚約者である龍斗という男の声も。
二人は驚いた様子で俺のことを見つめてくる。
いったい、どうしたというのだろう。そんなに恋人に捨てられて落ち込んでいる男が、珍しいとでもいうのだろうか?
「ダメ! ホムラ君、戻ってきて! 自分を取り戻して、
詩織が懇願しながら、俺に手を伸ばしてきた。
少し前であれば、彼女が手を伸ばしてきたらすぐに握り返していたのだが……もちろん、そんなことができるものか。
「嫌だよ……俺はもう、きみの手を取ることはしない……」
「ッ……!」
「もう、俺のことは放っておいてくれ。どうせ俺は彼女に二股かけられたキープ君なんだ。俺がいなくなったって、誰も困ったりしない。誰も悲しんだりはしない……」
「ホムラ君! それに身をゆだねたらいけないわ、心を強く持って!」
ブツブツとネガティブな言葉が流れ出る。
詩織が悲痛に叫ぶが……俺は何が悲しいのか涙の粒を零している彼女に、うっすらと微笑みかけた。
「最悪だよ……この浮気女」
「あ、ああッ……!」
視界が完全に黒く染まった。
もう、何も見えない。目の前にいる詩織の姿も、龍斗の姿も、何もかもが闇に飲み込まれて消えてしまう。
思考が薄れて、意識が遠ざかっていく。まるで夢の中にいるみたいに現実感がない。
(でも……これで良いのかもしれないな)
どうせ、もう何もかもどうでもよくなっていたところだ。
このまま、泥に沈むようにして闇の中にいるのも悪くないかもしれない。
『ああ……こりゃあダメだな。完全に『堕神』に飲み込まれてやがる』
闇に沈む俺の耳に、誰かの言葉が聞こえてくる。
『誰のせいだと思っているのよ! アンタがホムラ君のことを追い詰めなければ、こんなことには……!』
『見当違いな責任転嫁をするなよ。俺という婚約者がいながら、彼と二股をかけたのはお前だろうが』
もはや、その声が誰のものかはわからない。
聞き覚えがあるような気もするが……何もかもがどうでも良くて、記憶を探ろうという気にもなれなかった。
『こうなったら、やるべきことは一つだな。舞原家の、『退神師』としての使命を果たせよ』
『そんな……! ダメよ、まだ助けられるわ! ホムラ君は戻ってこられる……滅する必要なんてない!』
『それが不可能なことは、これまでの経験から知っているだろう? このまま彼氏君が堕神に乗っ取られるのを見過ごすか? それとも……お前が殺れないってなら、俺が片付けた方が良いか?』
『ッ……!』
『知っているよな……俺の
『…………』
『どうする、さっさと決めろよ』
『……わかったわよ』
チャキンと金属が鳴る音がした。
何の音だろうと疑問に思った直後、白銀に輝く何かが闇を切り裂き、俺の胸を貫いた。
「ガッ……!?」
目の前に広がっていた闇が払われ、沈んでいた意識が戻ってくる。
黒く染まっていた視界が戻り、すぐに真っ赤に染まっていく。
「ごめんなさい……ホムラ君、ごめんなさい……!」
「詩、織……?」
「許して……どうか、許して……!」
「ッ……!?」
詩織が手にした剣のようなものが俺の胸を貫いている。
視界を染めている赤色の正体は、胸から流れ落ちた鮮血だった。
「どう、して……?」
喉からこみ上げてくる血液と一緒に、それだけ言葉をつぶやいた。
胸から刃が抜かれる。支えを失った身体が重力に引っ張られて地面に崩れ落ちた。
(いったい、どうしてこんなことに……?)
俺はただ、恋人が好きだっただけなのに。大切にしたかっただけなのに。
それなのに……どうして、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
(最、悪だよ……本当……に……)
声にならない悲鳴を漏らし……俺は地面に広がる鮮血の中で意識を失ったのである。
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