第32話 巨人 × 八雷
「さて……片付いたみたいだけど……」
廊下にいた禍津霊を一通り片付けた。
これで戦闘終了。無事にミッション達成したはずである。
「フム? 奴らを倒したら元の世界に戻るんじゃなかったのかな?」
キサラが様々なオカルトアイテムを片付けながら首を傾げる。
キサラが言うとおり、異界はそれを作った者が倒されたら消えるはずだった。
しかし、周囲に広がった赤黒く、反転した景色に変わりはない。歪な空間が広がったままである。
「……消えないということはまだ生き残りがいるということか?」
「ほほう、つまりまだ実験が続けられるということか。僥倖だな」
「お気楽かよ。死んだらどうするんだ?」
「それも含めての実験だよ。虎穴に入らざれば虎子を得ずさ」
研究者としては立派であるが、彼女達を守らなければいけないこちらとしては面倒極まりない事である。
「やれやれ……とりあえず、廊下に出てみるか」
俺は再び廊下に出ようとするが……後ろの萌黄さんが鋭く声を上げた。
「鬼島君!」
「え?」
思わず振り返った俺であったが……振り返った視線の先、進路指導室にいた萌黄さんのさらに向こうに愕然とした光景を目の当たりにする。
「巨人……!?」
校舎の外。校庭があるべき場所に大怪獣のような巨人の姿があったのだ。
黒い泥を練り固めたような巨人が顔の中心にある単眼でこちらを睨みつけ、拳を振り上げている。
「ッ……!」
咄嗟に動くことができた自分を褒めてあげた。
まだ進路指導室の中にいる萌黄さんとキサラに手を伸ばす。彼女達の身体を部屋の隅に突き飛ばした。
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
「ガッ……!」
地の底から響いてくるような巨大な唸り声を上げて、黒い単眼の巨人が拳を振り抜いた。
校舎が巨大な拳撃によってぶち抜かれて、トラックに正面衝突したような衝撃に襲われる。
俺の身体はそのまま反対側の校舎に叩きつけられ、壁にめり込んだ。
「ぐううううううう……し、死ぬかと思った……!」
実際、死んでいない方が不思議なほどの一撃だった。
黄泉の神様からもらった加護が無ければ、全身の骨と内臓がグチャグチャになっていたことだろう。
「気配が全然しなかったぞ……何だ、あの巨人……!」
『フム、まるでダイダラ法師じゃな。あれも禍津霊なのじゃろうが……随分と大きく育ったものよ』
痛みを堪える俺の胸中で、八雷神が感心した様子で言う。
『おそらく、名のある怨霊が核となっておるのじゃろうな。奴がこの異界を生み出した張本人。この世界そのものが奴なのじゃから、気配が感じ取れずとも仕方があるまい』
「暢気なことを言って……それよりも、二人は……」
「鬼島君!」
「幽霊君!」
巨人の一撃によってぶち抜かれた校舎から萌黄さんとキサラの声が響いてくる。
顔を上げると、校舎に空いた巨大な穴から二人がこちらを見つめていた。二人とも目立った怪我は無いようだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「キャアッ!?」
巨人が唸り声を上げて、校舎に突き刺さった拳を抜いた。
ガラガラと校舎の残骸が崩れ落ち、萌黄さんが悲鳴を上げている。
「このっ……!」
途端に激しい怒りに襲われて、俺は校舎の壁を蹴って飛んだ。
「怪我したらどうするんだ! 死ね!」
「ガアッ!?」
自分の身体を雷に変える。一瞬で巨人の眼前へと移動して刀を叩きつけた。
八つの雷の力の一つ……『
「幽霊君! 何をしたんだ今、すごく愉快なことをしたように見えたが……!」
「いいから、物陰にでも隠れてろ!」
目をキラキラとさせているキサラに大声で指示をして、俺は黒い巨人を睨みつける。
現在、俺と巨人はグラウンドで睨み合っていた。
この世界は上下がひっくり返っているため、頭上にグラウンドが天井のように広がっており、足元には深海のような夜空が深く深くどこまでも続いている。
黒い雷光を身にまとった俺は奈落に吸い込まれることなく宙を舞っていた。
無意識のうちに空を飛んでいるだなんて、どんどん自分が人間離れしている気がする。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ム……!」
巨人が叫ぶと、先ほど斬りつけた傷口から無数の禍津霊が飛び出してきて襲いかかってくる。
四方八方から隙間なく飛びかかってくる黒い軟体動物に、俺は目を細めて刀を構えた。
「『
つぶやいて、右手の刀を一閃。
そこから放たれたのは枝分かれした無数の雷。
千々に別れた雷撃が五月雨のように周囲の軟体動物を貫いて、熱によって焼き尽くす。
「なるほどね……だんだん、コツが掴めてきたぞ」
大雷
炎雷
黒雷
若雷
伏雷
土雷
鳴雷
折雷
俺の中にある八つの雷。
初めての長期戦により、徐々にその性質が掴めるようになっていた。
刀を振るたびに八雷神が自分の身体に馴染んでいく。
まるで三本目、四本目の腕が生えてきたような得体のしれない感覚であったが、それが不快感として認識できないのがかえって気味が悪い。
「何というか……どんどん、自分が別人になっていくような気分だよ。キモイなあ」
『キモイとは何事じゃ。妾と一体化しておるのじゃから感謝して欲しいくらいじゃ』
「……今の言葉でなおさらキモくなったよ。一体化しているんだ?」
空寒いものを感じながら、俺は眼前にいる巨人を見下ろした。
先ほどまでは自分と同じ高さにその顔があったのだが、巨体が縮小してやや小ぶりになっている。
禍津霊を放出した分、サイズが縮んでしまったのだろう。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「五月蠅いなあ……いちいち叫ぶな!」
拳を叩きつけてきたので、回避してカウンター。腕を斬り落とした。
「炎雷」
どうせ千切れた腕が襲いかかってくるのだろうと予想して、斬り落とした腕を炎で焼いておく。
斬り落とした腕がすぐに再生してしまうが、その分だけ身体が小さくなっている。
「やっぱり質量は変わらないわけか。削れば削るほどに小さくなる」
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
巨人が闇雲に手足を振り回す。
腕がムチのように長く伸びて、弧を描きながら蛇のように食いついてきた。
「このっ……無茶をして……!」
あえて避けることなく刀で攻撃を受け止めた。
強い衝撃に襲われるが、どうにか墜落することなく空中で踏みとどまる。
避けようと思えば避けられたのだが、もしも俺が回避していたら背後の校舎に攻撃が当たっていた。
萌黄さんとキサラがいる校舎に。
「グッ……」
「グウウウウオオオオオオオオオオオオッ!」
俺が避けないのを見て、巨人が愉快そうに触手状の腕を叩きつけてくる。
どうやら、校舎を狙えば俺が動けないと気がついたのだろう。
この悪意。醜悪なまでに歪んだ意地の悪い攻撃は、目の前の巨人が得体のしれない生き物ではなく、確かに『人間』であることを物語っている。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「楽しそうにしやがって……腹立つな!」
呻きながら、それでも俺は動かない。
動かず、ひたすらその場に留まってサンドバッグのように攻撃を受け止める。
だが……決して抵抗の意思を捨てたわけではない。
こうして動かず、敵の攻撃を浴びながらも……俺は握りしめた八雷神に力を溜め続けていた。
八雷神の周囲を取り巻く紫電が徐々に強くなっていき、光を帯びていく。
「グオッ!?」
その異変に巨人が気がついた時にはすでに遅い。
目の前の敵を焼き尽くせるだけの、十分な力はもうこの手の中に集っている。
「悪いな……充電完了だよ」
八つの雷の中で最大の出力を誇る『大雷』。
八雷神とより深く強く同調したことで気がついたのだが、これは時間をかけて力を貯めることでどんどん威力を増していくのだ。
「色々と勉強になったよ……サヨウナラだ」
かつて元カノに告げたのと同じく、別れの言葉を贈っておく。
「『大雷』!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
天を衝くような巨大な雷が目の前の巨人を包み込む。
触手の腕を振り回して抵抗しているが、その身体が崩れ落ちて、雷の熱に焼かれて消滅していく。
オーバーキル。過剰なほどの雷撃は巨人を構成する粘液状の体細胞を焼き尽くしながら、それでも勢いは止まらない。
赤黒く染まった異界そのものが雷光によって染め上げられ、世界そのものが崩れていく。
「これは……!」
世界が崩壊して、その先にあったのは薄闇の室内。
俺は元通り、学校の生徒指導室に立っていたのである。
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