第41話 マグマ溜まりを持つ女

 私が眠っている間に、王宮塔の一階から造竜は撤去され焼け焦げた壁も修復されていた。

 役立たずの導師どもは、消火はできないが壁の修理くらいはできるようだ。

 私は案内されるままエントランスにある広い階段を上がっていく。

 窓がオレンジ色に染まっている。もう夕方か。


 王宮の広間は3階にあった。一面大理石のその部屋には、四方に甲冑兵たちがびっしりと並び、王座に向いてイスパニエルの廷臣が傅いている。

 真ん中に引かれた黒い絨毯の先、数段高くなった高御座に貴石で輝く真っ黒い王座があった。背もたれ、肘掛けには豪奢な装飾が施され、上には金色の布がかかる天蓋がとりつけてある。

 そこに長い足を組んで座っていたのは黒いマントを着た金髪の男であった。

 椅子の両側にはひときわ大きい兵士が立っている。獣脚傭兵だろうか。


「おお、君が造竜を倒し、エントランスを炎から守った獣脚の姫御前ひめごぜか。礼を言うぞ」


 彼は私を見ると金髪の男は満面の笑みで手を広げる。大きな青い目、腰までかかる波打った金髪。通った鼻筋に薄い唇。整ってはいるが、酷薄な印象を受ける顔だ。

 こいつだ。トーガとか言う、エスランディアに攻め込み、そして小塚君を痛めつけていた奴は。

 思わず目尻がつり上がる。


「これはこれは、野性的で頼もしい面構えだな。なんと魅力的な」


 トーガは満面の笑みで私を見た。


「その汗と……おお、染みついた血の臭いもかぐわしい」


 全身に寒いぼがたつ。げげげげっ、虫酸が走る。やめてくれ。

 近くに居たら蹴りの一つでもお見舞いしたい気分だ。

 しかし、トーガを取り囲む甲冑兵達は黒い軍服に身を包み、何かあれば剣をすぐ抜けるように、油断なく束に手を置いて私の方を見つめている。

 なんとかあいつを捕獲し人質にして王子を解放させたい。


 王座まで約50メートル。

 頭の中で何度もシミュレーションしてみる。しかし、すべて王座まで距離があり、警備する十重二十重の甲冑兵達の捨て身の警護で潰えてしまった。一人一人は雑魚だが、大量にきたときの厄介さは鳴弦岳での戦闘で身にしみている。


 ここで失敗するわけには行かない。

 さあ、どうする。


 私は彼をじっと見据えたまま立ちすくんだ。


「情熱的な瞳だな、獣脚の姫。そんなに熱烈に見つめなくても良い」


 トーガが立ち上がり、階段を降りてきた。

 一歩、二歩……。

 もう少し近づけば、私の間合いに入る。

 すなわち、私のダッシュの方が、兵がトーガを庇う壁を作るよりも早い距離。

 階段の上から降りきると、トーガはにっこりと私に微笑んだ。


「気に入った。私の妻に迎えよう」


 予想していた180度逆の言葉に私の口が思わず半開きになる。

 は? あんたには審美眼ってものはないのか?

 もしかして、お前の目は節穴か?


「強さが正義、無骨は美。ムンムンと立ち上る獣臭。お前は私の理想の女だ」


 それは褒めているのか? 正直趣味が悪いぞ、お前。

 しかし、ここは敵地。私は必死で微笑みを浮かべる。

 トーガはそれを見て満足げにうなずきながら近づいてきた。

 このまま近づいてきた所で奴を捕獲して、そして王子と交換を要求する。

 間合いに入るまで、あと一歩――。



「お待ちください、トーガ殿」


 広間に響き渡る、冷たい声。

 いきなり王座側方の壁に掛っていたカーテンが開き、金色に輝く細身のロングドレスを纏ったショートカットの女が現われた。


「その女、王の命を狙っておりますよ」


 カツ、カツ、カツ。


 ヒールの音を床に響かせて女が近づいてくる。


「お久しぶりね、黒田さん」


 王子が拷問されていたときに聞いた女の声。

 もう一つの不安、がそこに居た。

 まさか、と思っていたが。


「あ、あなたこそ、ここで何をしているの――――冷石さん」


 知らず知らずの内に声が上ずる。

 兵達が私を取り押さえようと駆け寄ってきた。


「気をおつけ。この女、多分獣脚丸を持っているわ。あの世界でもこの女が使っていたからねえ」


 いったんは私に飛びかかってこようとした兵達が、唸りを上げて引く。


「冷石さん、私たちを欺していたのね」

「だます? 人聞きの悪い事を言わないで欲しいわね、サウルス。私は最初からトーガ様に仕える密偵だったのよ。マヌーレを監視していれば、生真面目なエスランディアの王子がやってくると思ってね」


 冷石に関するいろいろな記憶が嵐のように頭の中を駆け巡る。


 そう言えば、理科室で二人が人質になっていたとき、戦闘中に冷石だけは後方の安全なところに下げられていた。

 そして、理科室の戦闘の後、小塚君がこの説明をした時に。

『エスランディアにだけ、恐竜の子孫と、哺乳類の子孫が共存しているのね』 

 彼はエスランディアにしか獣人の子孫が居ないことなんて、説明をしていなかったのに。

 ピクニックの日に、隙を狙ってイスパニエルの兵士がやってきたのも、マヌーレを介して情報がもれていたのかもしれない。


 思い起こせばおかしなことは沢山あった。

 間抜け、自分の間抜け。気がつかなかった私は唇を噛みしめる。

 こいつは許すことができない。

 彼女のスパイとしての仕事、だけならまだ納得できる。

 だが。


「なぜ、私が獣脚丸を持っていることを薄々わかりながら小塚君を酷い目にあわしたの?」


 冷石は蛇のような目を弓なりにして薄笑いを浮かべる。


「ああら、綺麗な男の子をめちゃくちゃいたぶって喘がせるって、最高じゃない? 追い詰めて心をボロボロにして、私にひれ伏させるの。ま、あんたみたいな醜い女をいじめるのも楽しいけどねえ」


 ぷちっ。

 突風に飛ばされたように、私の心の中の迷いがすべて消え去った。



 すみませ――ん、あなた私の一番いっちばんいけないスイッチ、押しちゃいましたね――。

 自分ことはまあ我慢しますが、大切な小塚君を傷つけるなんて言語道断。

 ふふふ。

 もう、誰にも私を止められませんよ。

 合掌。



 私はセーラー服のポケットを触れる。

 そこには私と呼応したかのようにぎらぎらと輝く獣脚丸があった。

 頭の片隅に私を止める飾西君の顔がちらりと浮かぶ。

 でも。私の頭の中のマグマ溜まりはもう限界を超えている。


「許さんっ」


 赤い閃光とともに、私の身体が暴発した。

 バシュッ、いつもより大きな脚とかぎ爪が靴を突き破る。

 ブォゴッ、全身の筋肉が爆発するかのように肥大する。

 怒りを帯びたせいか、私の全身がギラギラと赤い羽毛で覆われて、腕の後ろには長い羽根が。

 そして獣脚丸は、二回りも太い大剣に変化し、まるで息をするかのように虹色のオーラの煙を纏っている。


「ギャアアアアアアアアッ」


 雄叫びと伴に跳躍すると、腕に付いた羽がバサリと広がる。

 一瞬、私はまるで宙に浮いたように留まった。明らかに今までより滞空時間が長い。

 降りながら眼下の甲冑兵に向けて大剣を振る。

 大剣の先からあたりを舐めるように広範囲に強い振動が発出し、赤く染まった甲冑兵達はみるみるうちに砕け散っていく。一撃で半数の甲冑兵たちが姿を消した。


「ディノ・フェニックス……お前そこまでこの獣脚丸を手なずけたのかい」


 冷石の顔がかすかに引きつっていた。

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