第33話 闇の中の日々

 無視され、罵倒され、嘲笑された日々。

 暗闇の中で、外界との交信は断ったが、振動は感じていた。

 あれは、あの子の足音。嫌な子が近づいてくると、慌ててトイレに向かっていた。

 チャイムが鳴るまで隠れるために。


 小さい頃は親に泣きついていたが、大きくなってわかった。

 先生の指導なんか、すぐになかったことになる、って。

 どうせこの容姿は変わらない。

 表向きのいじめはおさまっても、心の中で嫌われているのが伝わってくる。

 皆イライラをぶつけたいのだ。誰もが認める圧倒的に劣勢な者に。


 優しくしてくれる友達も、先生に頼み込まれた義務感一杯の優等生で、顔には『面倒くさい』って書いてあった。

 転校すれば、それが一から繰り返し。

 いいです、もう。私のことはかまわないでください。

 達観したのはいつの頃だったろう。

 一人で過ごす、暗闇の中は心地いい。

 外からの禍々しい振動にさえ注意していれば――。



 目をつぶれ。

 私の中の何かが叫ぶ。

 外界の情報を遮断しろ、そうすればお前の感覚は鋭敏になる。



 嫌だ、怖い。

 このまま目をつぶったら、敵が見えずに斬りかかられる。

 何もできないまま死んじゃう。



 ここまで来て何を言ってるの。

 ヘタレたままで死んでいくの?

 小塚君に会えないままで。

                 ね、できるから。

                     信じるの、自分を。


         あの日々は無駄じゃなかった、ってね。



 内なる声が、そっと後押ししてくれる。

 私は大きく息を吸い込む。そして、覚悟を決めて目を閉じた。


 あの時、いじめっ子の足音は振動として私の足に響いて来た。

 思いだせ、あの感覚を。

 そして、公園で戦ったときの透明人のあの振動を。


 近づく足音――いや、かすかな振動がかぎ爪の付いた私の足に響いてくる。

 草の根が揺れる振動、単調な大地の振動、すべてを頭の中で消し去る。

 感覚を、目指す振動に注意深く合わせていく。


 突然、暗闇の中に自分を中心にして、音の方向が放射線状に白い光の筋として頭に浮かび上がった。

 そして、距離が点となってプロットされた。


 近い。

 一体は1メートル先だった。


 目を開き、獣脚丸を握りしめると、草ごと袈裟懸けに斬りかかる。

 声も無く敵が倒れた。

 次は――。捕捉していた振動が消えた。

 上かっ。

 太陽に照らされギラリと輪郭が浮かび上がった。

 かなり上空に跳ね上がっている、まだ刀が届かない距離だ。

 だが、横からもう一体が切りつけてきた。

 しまった。二体同時は無理だ。


 シュッ。短い矢音とともに、頭上の敵が飛び散った。

 私は横から襲いかかってきた一体を身体を低くしながら避けて水平に両断する。

 透明人は、輪郭をぐにゃりと曲げて空中に消え去った。


「飾西君ありがとう。後、五体よ」

「俺も参戦したいです。どこに居るのか教えてください、姫」


 羽石君のリクエストに、私は獣脚丸で敵の来る方向を指し示し、数を叫んだ。

 一体一体は強くない。場所さえわかればこちらのものだ。


「後方三体、いただきます」


 大剣の唸りと共に、草がなぎ倒され、一気に三体が消滅した。

 飾西君も私が示した方向に矢を連射して、敵を倒す。

 最後の一体は、私が切り伏せた。


 透明人の振動はすべて消えていた。

 私は元のセーラー服姿に戻ってマントを被る。


「坊やーっ」


 羽光君が呼ぶが返事が無い。


「いないな、家に帰ったのかなあ」


 その時。


「おおい、旅の人」遠くから手を振って呼びかける声がする。


 泥の付いた上着にズボンという出で立ちの男が数人、草をかき分けてやってきた。語尾にかすかなイスパニエル訛りがある。両国の言語はほぼ同じだが、抑揚や語尾が若干違っていた。

 なにしろ2年前まで戦っていた国である。遺恨もあろう、私たちは思わず身構える。

 しかし。


「あの、獣人の姉ちゃんが助けてくれたんだよ」


 戦闘の若い男の後ろから後ろからあの男の子が顔を覗かせた。


「このたびは息子のテイベを助けていただき、あの凶悪な怒竜も成敗していただき本当にありがとうございました」


 若い男性が深く頭を下げた。一緒に村人の代表格も連れてきたのだろう、年配の男性二人も深々と頭を下げる。


「あの怒竜には我が村のものが苦しめられていました。エスランディアとは違い、我が国には獣人がほとんどおらず、戦で狩ることのできる男手も無くなっていたため怒竜が増えて困っていました、中でもあいつは一番凶悪な怒竜で……本当に感謝してもしきれないくらいです」

「息子さんが無事で本当に良かった」


 私は微笑みながら、テイベの頭を撫でる。


「この獣人のお姉ちゃん、最高にカッコ良かったんだよ」テイベは刀を振る真似をして笑った。


 嬉しい。カッコ良い……容姿系の褒め言葉なんて生まれてこの方数えるほどしか聞いたことが無い私は、頬が熱くなる。


「このお兄ちゃんはどうだった?」羽光君が自分の鼻を指でさして顔を突き出す。

「ん~、普通」


 困った顔をした少年の当たり障りのない答えに、双方から笑い声が上がる。

 羽光君も大げさに肩をすくめて笑っていた。

 あの家を朝出てきたのだか、太陽はもう中天から降り始めている。


「それでは、ここで……」


 飾西君が笑いを断ち切るように言葉を挟む。

 長老格らしい二人が顔を見合わせてうなずく。より白髪の多い男が口を開いた。


「旅の人たち、もしよろしければ我が村でお食事でも」

「ありがたいのですが、僕らは先を急ぐ身。お気持ちだけ――」


 包丁で大根を切るかのように、飾西君がすっぱり断わる。

 だがその時、緊張から解き放たれた私のお腹が悲鳴を上げるようにぐぐーっと鳴った。

 そう言えば、早朝にお母さんの作ってくれたお弁当を食べたっきり、その後はエネルギー補給ゼリーしか飲んでいなかった。

 飾西君が言葉を切って、ちらりと私を見る。


「あなた方が何か訳ありで、関所をとおらずにこの迂回路を通ってこられたのは承知しています。ですが、子供の命の恩人をこのまま帰すわけには参りません。兵が探しに来てもかくまいます。そして秘密の抜け道を通って、わしらが責任持ってお送りしますから是非」


 羽光君のお腹も私と共に合唱を始める。

 飾西君はため息をついて頭をかしげていたが、しばらく考えた後に長老に頭を下げた。


「それでは、お言葉に甘えて」


 心の中で飾西君が頭を抱えるのが見えるようだ。

 私たちは先導するテイベの父について村に入っていった。

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