第23話 ピクニック

 新月は8月に入ってすぐに来た。

 当日、朝7時だというのに家族全員が起きて見送ってくれる。


「行き先は鳴弦岳だって」

「小塚君と、いいわねえ」


 しばらく顔を見せないお気に入り三人組のことを気にしていたのか、私からピクニックのことを聞くと母はほっとしたような顔で喜んでくれた。


「何か持って行かなくていいの?」

「いいみたい、バーベキューの用意は全部三人がしてくれるんだって」

「まあ、貴族の姫君みたいね、うらやましい」


 手紙には手ぶらで来てください、って書いてあった。


「バーベキューにセーラー服は汚れるんじゃないの?」


 弟が首をひねる。そりゃそうだけど、万が一変身するようなことがあったら、この服でないと大変な事になるからね……。

 出る前にチラリ、と鏡を見る。笑ってしまうような変な顔。大きな目に大きな口。

 一体この私のどこがいいのか。

 まあ、考えないでおこう。幸いにして自分には自分の顔が見えないんだから、現実なんか直視しないで、ちょっと可愛い顔に記憶を修正すればいい。

 ファーストキス以来、私はずいぶん強気、である。

 ピンポーン。玄関のベルが鳴って、私より早く弟が飛び出す。


「いらっしゃい」

「今日はお姉さんをお借りします」

「借りるなんて言わずに、もう持っていってください」仁志が笑いながら言う。

「こら、なんてこと言うの。全く――」


 和やかな雰囲気の中、小塚君の顔に一瞬影が走ったような気がして思わず私は口ごもる。


「ご安心ください、僕たちも一緒ですから」


 小塚君の後ろから騎士二人組も顔を覗かせる。若干緊張していた母と父の顔がちょっと緩んだ。


「それでは行きましょうか、今日はけっこう張り込みましたからね。俺の特性タレももってきたし」


 居酒屋でバイトをしているという噂のある羽光君が、右手の買い物袋を上げて見せた。


「僕は作る人、そしてシステム構築はこっち」


 羽光君が飾西君を指さす。彼はアタッシュケースのようなスマートな鞄を提げていた。

 ベーベキューセットってもっと大荷物だと思っていたのに。


「四人ならこの小さいグリルで充分です。コンパクトで僕は気に入っています。羽光は大食いですが、まあ肉を焼かせておけば食べる暇はないでしょう」

「酷いな、コイツ」


 笑い声が上がる。しばらく口もきいてなかったとは思えないほど違和感が無い。まるで昨日までずっと一緒に過ごしていたような感覚。こういうのが気のあう友達、っていうのかな。

 真っ昼間からケツァルコアトルスに乗るわけにいかないので、皆で駅から列車に乗る。ホームに立っていると、しゅっとした三人組と私、でちょっと視線を集めるが、気にしないでいると皆すぐに別な方向に視線を変える。なあんだ、余り神経質にならなくてもいいんだ。気づいた私は、ちょっと成長した気分になった。


 列車に乗り込んでいくつか乗り換えると、線路の両側が切り通しになってきた。どんどん深い山の中に入っていく。


「次の『鳴弦山』で降りるよ。見て、このあたり自然たっぷりで綺麗でしょう、山の上にはちょっとしたキャンプ場もあるんだ」

「昔から時々山の上で美しい弦の音が聞こえる、っていうのが山の由来って聞いたわ」


 インターネットで予習してきたのだ。トイレの場所だって確認したかったし。


「僕が初めてこの世界に降り立ったのはここだったんだ。その景色を君にも見せたくてね」


 小塚君が車窓から遠い目で外を見上げる。

 列車から降りて、こぢんまりした売店で水を買い込むと皆で頂上に向かう。小塚君は王子様のはずなのに、当たり前の様に重い飲料水を一番多く担いでいる。


「上に上がったら役立たずだからね」汗を拭って、彼は爽やかに微笑んだ。


 私と言えば、誰も荷物を持たせてくれないので手ぶらである。

 森の中を一時間ちょっと歩くと、急に視界が開けて山頂に出た。

 頂上は平らになっていて、キャンプ場の看板が出ている。

 下を見ると、歩いてきた緑の山と黄緑色の田んぼが全周に広がって、余りの美しさに絶句する。


「誰も上がってこないんですね」

「僕らが上がったら、登山口に鎖を張って貰うように言っているんだ。今日は山頂とキャンプ場を貸し切りにしたから」


 こともなげに小塚君が言う。エスランディアでとれる貴石を支援者に売って貰うことでかなりの利益が上がっているようだ。


「先週、飾西と俺で下見をして、キャンプ場に結界も張りました。今日はゆっくり俺の料理を楽しんでください」

 羽光君が張り切っている。

 飾西君がさっさとバーベキューセットを組み立て、てきぱきと火を付ける。自分の出番だとばかり今度は羽光君が肉を焼き始めた。肉が焼け始めると今度は海苔の巻いていないおにぎりを並べ始める。


「いいか、絶対におにぎりには触るなよ」


 焦げがきちんとできるまでひっくり返さないのが彼のルールらしい。ちょっと焼けたところで手を出した飾西君が怒られていた。


 お肉の焼ける香ばしい香り。炭ならではの焼け具合を皆堪能する。羽光シェフのタレがまたその旨みを引き立てる。このタレをおにぎりに付けて焼くと、また最高だった。

 羽光君の読みがぴったりで、お腹がいっぱいになった時にちょうど食材も底を突いた。まあ、最後残りかけた食材は羽光君がすべて平らげたのだが。

 食べ終わって、持ってきた缶コーヒーで食事の余韻を堪能する。たわいも無い話で盛り上がった後、ふと飾西君がベーベキューセットの汚れを落としてきます、と水場に消えた。羽光君もちょっとぶらっとしてきます、と言って森の中に入っていった。

 小塚君と二人きり、である。


「黒田さん」

「は、はい……」小塚君の目がじっと私を見つめている。

「そろそろ、君にいろいろ話さなければならない」


 覚悟しています。いろんな意味で……。

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