第11話 ムードメーカー参上

 ふあああっ。

 朝のホームルーム。私は欠伸をかみ殺すので必死である。だって、昨日4時前に帰ってきてからも、興奮して寝つけなかったのだ。今さっきから急に睡魔が襲ってきて、絶賛戦闘中である。

 気がつくと、木村先生が誰かを教室に呼び入れていた、転校生?


 廊下から入ってきたのは、金髪に近い茶髪、それも長髪の背の高い男子だった。目や鼻や一つ一つのパーツが大きくて、それぞれが整っている。一言で言えば派手な顔つきで、きっと舞台に立てば映えるタイプだ。アイドル事務所に所属していてもおかしくないようなオーラがある。

 ただ、人を小馬鹿にしたような二重まぶたの目はちょっとチャラい印象だけど。


「初めまして、羽光はねみつ由宇ゆうです。これ、マジ地毛なんでよろしく」


 ふと、目が合った。羽光君が口角を上げてにっこり笑いかけてくる。私を見たら慌てて目をそらす人が多いのに、サービスのいい人だ。ちょっと印象が良くなる。

 でもよく見ると、女子なら誰にでも笑顔を振りまいていた。



 休み時間になると、女子がなだれ込むように羽光君を取り囲んだ。

 そのなかには、もちろん外動や冷石も居る。彼女たちはなんとか穏便に事がおさまっていることを知っているのか、朝チラリと私を睨んだだけで危害を加えようとはしてこなかった。今のところは――だけど。


「ねえ、テレビ出てなかった?」

「2、3回街角でインタビューされたぐらいかな。スカウト? 何度か声をかけられたことあったけど、別に芸能界に興味ないし」


 すごーい。この学校の男子にはまずありえない武勇伝に、彼を取り巻く女子から感嘆の声が上がった。


「羽光君、彼女はいるの?」


 誰かが黄色い声で直球の質問を投げかける。ふと見ると羽光君は机の上に腰掛けて、長い足を組んでいた。転校直後から、なんであんなにリラックスできるのか。


「え、いないよお」

「好みの子は? どんなタイプが好きなの?」

「俺って外見じゃ無くって、女子はハートで選ぶ方なんだ」


 きゃーっ。振動でガラスが震えるほどの声が沸きあがる。羽光君を取り囲んだ女子からぶわっ、とフェロモンが噴出されるのが目に見えるようだ。外見のセレクションが関係ないとしたら、彼女候補の範囲はずいぶん広がる。


 女子慣れしているのか、会話のキャッチボールがうまいのか、一言ごとに楽しげな笑い声が教室を満たす。一人の男子と周りを取り巻く女子。こんな光景、どこかで――。

あ、ネットで見たオットセイのハーレムだ!


「本当に彼女選びに容姿が関係ないの? 顔が崩れててもOK? そんなこと言ってやっぱり美人が好きなんじゃ無いの」

「じゃあ逆に聞くけど君たち、美人の定義ってなに?」

「え~~、可愛い」「目がぱっちり」「全体的に整ってる」


 口々に美人の定義を上げるが、羽光君はニヤニヤしているだけ。


「対称だよ、数学で出てくるだろ。線対称の対称」


 みな、きょとんとしている。


「太古の人類にとって子孫を残すためには健康な相手を探すことが重要だった。初対面の相手が健康かどうか、見た目で判断するしか無かったんだ」

「見た目?」

「ああ、肌の状態や、顔が対称かどうか。すなわち感染症や寄生虫に感染したりしていないか。美人と言われる顔は、実際に左右対称が多いみたいだよ」


 ええ~、対称? 抗議の声が上がる。


「個性的な顔も美形って言われるわよ」

「ちょっとバランス崩れた方が魅力的だと思うわ……」

「それは、文明が発達したからだと僕は思うね」


 思わず羽光君の演説に聴き入っている自分がいる。


「気をつけていれば命に関わる寄生虫に感染する機会は現代ではほとんどない、日本では、肌の状態が悪くなるほどの飢餓も減っている。だから、文明が進むほど本能の呪縛を逃れて美人の定義は人それぞれ、曖昧になってきているように思うんだ」

「でも、男子はやっぱり綺麗な人がいいなあって思うんじゃ無いの。女子だってイケメンが好きだし」

「それは、箔が付くからさ」


 みな、きょとんとしている。


「カッコいい異性を連れていれば、自分に価値があるように錯覚する。子孫だってその恩恵を受けられる。ある意味、ぱっと見で価値判断が付く装飾品と同じさ。悲しいかな本能は今までその価値観に多くを頼ってきたんだな。でも、昨今の好みの多様化は、さすがの本能だか遺伝子だかも、見かけだけじゃあ良い種は残せないって事に気がついてきたからだと思うよ」

「じゃあ顔が綺麗な人を選ぶのは、時代遅れで間違っているってこと?」


 目を怒らせて外動が詰め寄る。


「別に。今まで外見で相手を選ぶ事が多かったことを考えれば、才能や力のあるものに選ばれて選ばれて、今の綺麗な人にはおのずと優れたものが備わっている可能性もあるからあながち間違いでは無いと思うけど……」


 美人と言われている女の子達の表情が緩む。


「ただ、一つの価値観にとらわれるのは愚の骨頂だと思うね。進歩的な僕は幸いにして本能の呪縛から解き放たれている。大切だと思うのはやっぱり容姿より相手のハートだよ、ハート」


 ふうううん。かなりの数の女子がうなずいて、感心したようなうなりが上がる。


「でも、気をつけて。俺は博愛主義だから、受け入れのハードルは低いけど、何人も同時で恋愛対応しちゃうからね」

「それは最低」先ほどとは一転、ブーイングに近い反応があがる。やっぱりこの男オットセイだ。


「ふうん、ハードルが低いって言うのなら」


 外動さんが、不意に私の方を向く。うっかり羽光君のほうを見つめていた私はその禍々しい視線をもろに受けてしまった。


「あの子と付き合える?」


 外動が指さすと同時に、女子達の視線が一斉にこっちを見る。取り巻きに入っていない男子や女子達もこちらを向いている。眉をひそめて外動を見たり、私を同情してくれているような視線もあるが、みな一様に好奇の色を含んでいた。

 飾西君は――。彼は片手で頬杖をついてじっと羽光君を見つめていた。あきれたようにぽかんと口を半開きにして。


 私は目をつぶって、顔を伏せる。嫌な時にはこれしか無い。

 でも、習性で私の耳は周囲の音をすべて集めている。

 一瞬クラスが静まりかえる。みんな息を呑んで羽光君の答えを待っているのだ。

 ためをつくるように、彼の鼻がすうっと息を吸い込む。まるでスポットライトに照らされて決め台詞を吐く前の俳優みたい。得意げな顔が目に浮かぶ。


「そんなの無理に決まっているじゃないか」


 羽光の返答に、いきなりクラス中に音が戻ってきた。


「そうよねえ」「博愛にも限度があるわよねえ」


 我が意を得たり、とばかりにみな一斉に盛り上がる。なんでそう一人を皆でいじめるのが楽しいのか。盛り上がり方が異常だ。


「だって、彼女には男の香りがするから。見ればわかるよ、お前らよりずっと艶があるじゃん」


 えええええっ。羽光君の一言に抗議の悲鳴があがる。


「ま、俺は恋愛に関しては勝ち目の無い戦いはしないんで」


 言葉と共にチャイムがなって短い中間休みが終わった。


「何を騒いでるんだ、最近落ち着きが無いぞこのクラスは」


 どかどかと足音を立てながら歴史の郷田先生が入ってくる……。

 覚えているのはそこまで。


「黒田、寝るなら静かに寝ろ」


 ぐ、ぐおっ。思わず大きないびきをかいていたらしい。授業も半ばをすぎて、私は指示棒で肩を叩かれて目を覚ました。





 羽光君の演説以来、うちのクラスは妙に勢力分布図が変わってきた。

 男の子達が、外動さんを避けだしたのである。今まで彼女が声をかけると、目をとろんと垂らしていた男の子達だったが、彼女の内面にも目を向け始めたみたいで、彼女の傲慢な態度に明らかに嫌悪を現わすものが増えてきた。


 逆に、避けられていた私に声をかけてくれる人がちらほら。おっちょこちょいの私が落としたシャーペンを拾ってくれたり、黙っていると水を向けて話の輪に入れてくれたり。やはり率先して誘ってくれるのはいつも女の子を数人引き連れている羽光君だった。彼の周りの女の子達ともなんとなく話せるようになって、縮こまっていた私の心はすこしずつ広がっている。

 羽だけに軽い。と言われている羽光君だが、明るいし、分け隔てはないし、いつの間にかクラスの中心に居座っていた。

 あの長髪は生徒指導室から目を付けられている様子だが、うちの学校には髪のはっきりとした規程がなく、『常識の範囲で』という曖昧な表現をされているため、散髪を強要されてはいないらしい。品行が悪いわけでもないし、大目に見られているといったかんじだろうか。


 そんなある日。


「あ、落ちたよ」


 滑るようにやってきた羽光君が、机の上から落ちて宙を舞う私のプリントを床に落ちる寸前でキャッチして差し出した。ひざまづいた感じになる羽光君と、立っていた私。

 羽光君の胸元にキラリと細い金のネックレスが見えた。それも2連。


「え……」


 高校生のくせに金鎖――しかし、人より視力のいい私の目はその細いネックレスを覚えていた。目に焼き付いている美しい特殊な編み方。


 それは、あの翼竜が手綱として首に付けていたものと同じだった。


「ケツァルコアトルス」

「ご明察です、姫」


 羽光君はにやりと笑うとプリントを机において自分の席に戻っていった。


「君の護衛をふやすから」小塚君の言葉が蘇る。


 と、いうことはもしかして羽光君が私の護衛。そして彼は獣人で、あのケツァルコアトルスだった、ってこと?

 そうであれば、あの夜のデートを最初から最後までバッチリ知られている。

 今更だが、恥ずかしくて羽光君の顔を見られなくなる私であった。

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