第12話 理科室の戦闘(1)

 ところが。

 五月はあんなに私のことを追いかけてくれていたはずなのに、羽光君が同じクラスになった頃から、小塚君が私を誘うことが少なくなった。

 時々、私が帰っているときに不意に追いかけてきて一緒に帰ることはあるが、なにか忙しそうなのである。今までとは違って、歩いているときにも、彼は考え事をしているように押し黙って会話もあまりない。彼にしつこいくらい追いかけられていたときには、正直狼狽した事もあったけど、放っておかれると今度は不安になる。と、いうかさみしさが募る。


 でも、こちらからは気後れして誘えないし、言葉もかけづらい。やっぱり冷静に考えると私は何から何まで、彼と釣り合っていないと思うから。

 羽光君に彼の変化の理由を聞けばいいとは思うけど、もしかして小塚君が私を嫌いになりかけているなんて情報がもたらされるのが怖くて、私は一人で殻に閉じこもるばかり。

 小塚君と親しそうで、私を助けてくれた飾西君も数日前からお休みで学校に来ていない。残念な事に、存在感の無い彼の休みをクラスのほとんどが気がついていないように思う。


「ああ見えて、居てくれれば頼りになるのに」


 彼の優秀さは小塚君も認めている。そういえば、妙に親しそうな口ぶりだった。もしかして彼は小塚君の護衛で、私の護衛もしてくれていたのだろうか。

 小塚君の変貌と飾西君のお休みはなにか関係があるのかもしれない。思わず顔を上げた私は嫌な視線とぶつかってしまう。

 こちらを見ていたのは、外動や、冷石。最近は私があまり小塚君とおおっぴらに行動を伴にしていないので因縁も付けづらいらしく、動画の事もあるのか私に近寄ってくることも無くなった。ただ、時に眼光鋭い目で刺すように彼女たちは私を睨んできた。



 その週の日曜日。

 昨夜なんだか寝付けなかった私が起きてきたのは、昼過ぎだった。


「姉ちゃん、オムレツの人はもう来ないのか?」


 冷蔵庫から昨日の残りの肉じゃがを出してきた私に、すでに服も着替えて、図書館に勉強に行く支度をした仁志が声をかけてくる。

 弟なりに気にしてくれているようだ。


「うん、まあ、ね。最近なんか話すきっかけがなくて。クラス別だし」


 電子レンジにかけて温めた肉じゃがと白いご飯。パックの納豆を並べながら努めて陽気に返事をする。


「僕さあ、今度家の中を片付けるからまた呼んできてよ。お母さんにあのオムレツを作ってあげたいから、教えて欲しいって」


 彼なりに、ヘタレ姉貴を後押ししようと一生懸命口実を考えてくれているようだ。


「ありがとう、仁志」


 照れているのか、弟は背中を向けたまま右手を上げる。

 いつのまにやら、ちょいといい男に育っているようで、私もなんか負けられない。

 成長しなければ。すべてに自信が無いヘタレ女から脱却を目指して。待っているばかりでは無くて、私から今度は彼に向かっていけるように。

 食器を洗いながら窓から見る空は、雨は降っていないまでもなんだか煙っているような白。肌寒い日々が続き、あと数日経てば雨の季節に入りそうな予感がする。


 その時。


 ぶるっ。

 シャツの胸ポケットに入れた獣脚丸の辺りが震えたような気がして私は息を止める。肌身離さずこれを持つために、最近は必ず胸ポケットのある服を着るようにしていた。


 胸騒ぎ。


 考えてみれば、私はいつも寝付きが良い。けっこうなストレスを抱えていてもベッドに入ればすとん、と寝てしまうほうだ。だけど、昨日は妙に目が冴えて明け方まで寝られなかった。

 もしかして、何か小塚君達に起っているの?


――これが、君に会わせてくれた


 ふと、小塚君が獣脚丸をくれたときの言葉を思い出す。

 この細い銀の棒は、武器だけではなくて、わたしと彼をつないでくれている?

 水が付いていた手をタオルで拭いて、私はおそるおそる胸ポケットから細い銀色の棒を取り出す。それは何かを訴えるようにきらりと光った。


「お願い、小塚君に会わせて」


 震える手で獣脚丸を掴んで胸に当てる。

 しばらく念じていると、不意に頭の中に階段のようなぼんやりした画像が浮かび上がった。それは徐々にはっきりと輪郭をとり、階段を駆け上がる学生服の小塚君の姿となった。そして、彼の後ろには長い髪をなびかせた羽光君が続く。彼はいつになく真剣な顔をしていた。

 階段を駆け上って、二人が向かったのは、理科室だった。


 休日の理科室に、何の用があるの。

 私は震える手で洗ったばかりのセーラー服をとると、慌てて着替える。獣脚丸を手から離すと画像がぼんやりする。でも、休日に学校に入る時、私服では当直の先生に拒否されることがあるからセーラー服は着ていかなければならない。私は速効で獣脚丸をセーラー服のポケットに突っ込む。


 画像の続きがボンヤリと頭に投影されはじめた。

 だが、焦点があった瞬間、私は思わず息をのむ。

 目の前には血だらけの飾西君。彼は後ろ手に縛られて床に転がっている。

 彼の背後には、まるで中世の戦士のような銀の西洋甲冑に身を包んだ男達が剣を抜いてずらりと立っていた。十人はくだらないだろう。その中央には、ゴツゴツした飴色の杖を持ち、フードを被って長いマントを纏った頬のこけた導師風の男。横にはセーラー服に身を包んだ女の子達が立っている。

 それは――外動と冷石だった。

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