第36話 採用面接

 採用面接は、王宮近くの小さい小屋で行われた。何人かの面接が終わり、小屋の中から悲しげな顔や嬉しげな顔の女性達が出てくる。


「それにしてもえらく背の高い娘だな」


 鼻先に眼鏡を引っかけた短い白髪の採用担当者が、眉をひそめて羽光君を見る。


「よく言われます、うふふふふ」


 裏声で愛嬌を振りまきながら羽光君が答える。


「まあ、背が高くて力も強そうだから、倉庫の雑用もこなせるな」


 採用官はじろりと上目遣いで私の方を向いた。


「ええっ、と次はあんた。名前と年は?」


 この世界での名前はすでに決めていた。


「クローダ・リュウ 十七歳です」ほぼ名前のまんまだけど、これなら忘れない。

「紹介状も何も持ってきてないのか。なんで王宮に勤めたかったの?」

「あ、あ、お、おうきゅ……」


 面接とか、上がってしまって言葉が出なくなる。

 ちゃんと練習してきたのに、なんて本番に弱いの、私。


「だって王宮は女の子憧れの職業じゃないですか。きらびやかな服を着て、毎晩お城で舞踏会の付き添いや――」


 横から羽光君が口を出す。


「待て待て、それは貴族の娘さんがなる高級女官の話だ。それに国王が替わってからお城の舞踏会もなくなっちまった。お前達は使用人のもうひとつ下の雑用係、それも王宮の別館、実験塔の雑用だ」

「実験……」私たちは口ごもる。

「安心しろ、お前さん達がやるのは雑用。そこの掃除や、勤め人の食事の後始末だ」 

「一生懸命やったら、王宮の中にも入れますか?」

「まあ、働きが良ければ、かり出されることもあるだろうさ」


 しばらく採用官は本日の合格者と思われるものの採用申込書の束を見ていたが、羽光君だけに書類を差し出した。


「それではハーミィ。君だけ採用だ」

「待ってください、私は?」

「もう定員に達してしまったんだ。お前さんは不採用」

「この娘、とってもいい娘でなんです。私の親友で」


 羽光君が必死で口添えしてくれるが、面接官はだめだとばかりに首を横に振る。それでもしつこく訴えていると、面接官はため息をつきながら私に聞いてきた。


「何か特技はあるのかい?」


 特技……。

 私はふと机の上の食べかすのついたハンカチに目を留めた。


「それ、貸してください」




「えらく簡単に採用されましたね。五分五分だと思っていましたが」


 二人の報告を聞いて飾西君が目を丸くする。


「俺は力が強そうってんで、すぐ決まった。黒田さんは――」

「洗濯が上手ってところで」


 私は一枚しかないセーラー服を洗うために持ってきた濃縮タイプの液体石けんをどん、と飾西君の目の前に置く。もしそのまんま採用になって王宮に行くことになったらまずいと思って、荷物の中に入れておいて良かった。


「母のお勧め。コツいらずで、なんでも落ちるの」


 洗濯が得意だと言うと、採用官は不機嫌そうに鼻を鳴らしてこちらに汚れたハンカチを投げてよこした。


「汚れが綺麗に落ちたのを見た奴の顔、飾西に見せてやりたかったよ」


 羽光君が得意げに言う。


「合格おめでとうございます。それで出勤はお二人ともいつからですか?」

「明朝から」


 磨音杖と呼ばれる音や結界を形成する魔力を伝える基地局のような棒の細工に回る飾西君とは、しばらく別行動になる。


「ここぞと言うときには、変身した俺が窓から飛び出して合図するから、空には注意しておいてくれよ」

「上も下も見るのか、忙しいな」飾西君がうなずいた。




 翌朝、採用者の集合場所は、王宮のある王宮塔の横にある横幅の広い三階建ての低い塔の前だった。塔にはほとんど窓が無く暗い印象である。

 王宮とは幅広い廊下でつながってはいるもののけっこう離れていた。


「いいか、ここで見聞きしたことは一切外でしゃべるな」


 集められた女性達を前に、使用人頭の男が大声で念を押す。


「言いつけを守らないと、糞になって外に出て行くことになるぞ」


 羽光君と私は顔を見合わせる。


「おい。そこの大きいの、お前は倉庫の掃除係だ、あの男についていけ」


 羽光君は頑張りましょうとでも言うようにチラリとこちらを見てうなずくと、手招きする男の方に走って行った。

 ふと、自分の置かれた状況に気がつく。これで、知り合いのいない世界にたった一人になってしまった。今までは飾西君や羽光君が近くにいたから、なんだか固い殻に守られているような安心感があったけど、ここからはたった一人だ。

 守ってくれる人が居なくなった私は、急に不安に押しつぶされそうになった。

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