第27話 突然の幕切れ
「マヌーレ、もういいから戻れ」王子が叫ぶ。
敵に追いついた彼女は咆哮を上げると、目の前の甲冑兵に飛びかかり蹴散らし始める。だが、彼女はその時点でほぼ周囲を取り巻かれていた。退路を断たれた形だが、圧倒的な力を誇示するようにマヌーレは難なく重囲を剥ぎ取っていく。
その時。甲冑兵が数人、突然兜を脱ぎ捨てた。中は透明人では無く、導師と思われる人間達が入っている。その中の一人は左のこめかみから右の頬にまで深い刀傷が走っている。彼は理科室で戦った導師であった。
長い杖を掲げた彼らは深追いしたマヌーレを遠巻きに四方向から囲みながら、それぞれに違った音声の詠唱を始める。それは織物を織るように徐々に彼女の周りにキラキラと光る音波の檻を作っていた。
気がついて、抜け出そうとするマヌーレ。アロサウルスからもっと小型のミクロラプトルに姿を変え、檻をすり抜ける。さすが、獣人を率いる女王。いろいろな変身ができるようだ。だが、縮小化したにもかかわらず檻は彼女の一部に絡みつき、檻の中に取り込もうとすがりついてきた。
時折、彼女に絡まる檻の編み目から閃光が走り、そのたびに彼女の身体がびくりと跳ね上がる。逃げ足が遅くなり何度も閃光がひらめいた後、マヌーレの姿は人型に戻り倒れ伏した。
檻が彼女を覆う寸前。
駆け込んできた王子の白刃が唸りを上げてその檻をたたき切る。
「大丈夫か、マヌーレ」
だが一瞬遅く、飛び出した獣人が彼女の身体をすくい上げる。大きく刀を振り上げた王子は獣人を切りつけて彼女を再び取り戻す。変身の時に服は破れたのか、ぼろ布をまとっただけのほぼ半裸の姿でマヌーレはぐったりと倒れ伏していた。意識を失っているようだ。
彼はマヌーレを左肩に担ぎ上げ、右手で抜き身を持って軍勢に相対し始めた。
厚い壁となって押し寄せる軍勢。
奮戦するが、王子まで飲み込まれそうだ。
「もう少しで、結界が完成します」飾西君が叫ぶ。
敵軍に押しつぶされそうになりながら王子がふりむいて私を見る。
視線がつながる。言葉にならない意志がつながる。
その目は私を呼んでいた。
私は飛び出す。
王子は一瞬私に微笑みかける。
そして、刀を口にくわえるとこちらに向かって何かを投げた。
キラキラと光りながら飛んでくる細い棒。
あれは、獣脚丸!
それを追って向こうから獣人傭兵のドロマエロサウルスが飛び出す。けっこう速い。
動け、足っ。だが、私の足は絶望的に遅い。
頼む、獣脚丸。お願い、どうか私に力を。
落下点に達した獣人の手の中に獣脚丸が吸い込まれる――寸前。
足に痛みが走る。太ももが張る。つま先が大地を蹴り、筋肉が勢いよく伸展する。
周囲の景色が消えた。
相手のかぎ爪が掴む前に、弾丸のような頭突きを喰らわしながら私は獣脚丸を奪い取った。
だが、マヌーレを抱きながら剣を振るう王子はすでに敵に四肢を掴まれて動きが取れなくなっている。私に獣脚丸を投げた一瞬で隙ができてしまったのだろう。
フヴオオオオオッ。
雄叫びと共に、私の全身はトロオドン系の恐竜に変化し、右手に握った獣脚丸で敵に躍りかかる。だが、私一人で相手をするには敵が多すぎた。
前方の厚い軍勢を切っても、切っても王子にたどり着かない。剣を振るっても、自分の周りにドーナツのように隙間ができるだけで、際限がない。
前方で、王子は敵の軍勢に飲み込まれていく。
「飾西っ」王子が叫ぶ。
飾西君が顔を上げる。
「僕ごと結界を閉じろ」
思わぬ言葉に、唖然と立ちすくむ飾西君。
「僕はいいから、姫を救ってくれ。これ以上持ちこたえられない」
「だめ、まだいける。私はまだ戦えるっ。閉じないで飾西君」
私の全身も刀傷で血だらけになっている。だが、痛くない。まだ剣を振るえる。
飾西君が悲壮な表情でこっちをじっと見ている。その間も手は忙しく携帯の上を走っていた。
「そうだ、飾西。頼む」
私の目には王子ごと結界が閉じ始めたのが見えた。
「やめてっ」
あなたが居たから、生きてて良かったと思えた。
あなたが救ってくれたから、私は私を見捨てずにすんだ。
あなたの居ないこの世界なんて――――――。
側方から出てきた大きな恐竜が私の頭にかぎ爪を振る。頭を下げて剣で切りつける。低い姿勢のまま、後ろから斬りかかる甲冑兵の大軍を剣の風圧で吹っ飛ばす。
だが、もう一体。私の前方から湾曲したかぎ爪を振り上げたドロマエロサウルスが飛びかかっていた。視界が黒い影に遮られる。近い。だめだ、間に合わない。
切り裂かれるっ。
「思い切れ、飾西っ」
王子の声とともに、ふっ、とドロマエロサウルスが消えた。
宙に残されたかぎ爪の手だけが切り落とされたように、ポロリと草の上に落ちた。
いきなりの静寂。ふと見ると、死骸も甲冑も跡形もなく消え去っている。
人型に戻った私は、急激に足から下の力が抜けるのを感じた。草むらに崩れ落ちた私は両手を後ろにつき肩で大きな息をくりかえす。
びょうびょうと風が吹き抜ける。
夕陽がキャンプ場を赤く照らしていた。まるで何事も無かったかのように。
ただ、小塚君と外動さんが消え去っただけで――。
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