第26話 これが最後だなんて言わないで

「イスパニエルの兵だ、王子を守れっ」


 羽光君がベルトに挟んでいた棒を掴むと、剣が現われる。それはがっちりとした厚みのある大剣で束にはあのパイの表面に施されていた国章と似た流線型の不思議な意匠が施されていた。


 まるで雪崩のように次々に降りてくるイスパニエルの甲冑兵たち。羽光君が剣を振り、轟音とともになぎ倒す。彼らは『魔法』と称しているが、剣を使って特殊な衝撃波を出して粉砕しているのだろう、甲冑兵は後方に飛ばされながらバラバラになり、消えていく。


「こっちだ」王子が私の手を掴んで引き寄せた。

「へ、変身できない……」こんなに戦いたいのに、あなたを守るために。

「獣人は、獣脚丸のような魔法具がないと変身できないんだ」

 王子が私の肩を抱いてつぶやく。「大丈夫、君は僕が守る」


 王子の横では、携帯電話を持った飾西君が眉をつり上げて何かを必死に打ち込んでいる。額に汗の粒が噴きだしていた。


「設置したアンテナに指令を送り、結界を再構築しています」


 しかしボロボロにされてしまった結界の再構築には時間がかかりそうだった。


 一番前に立つ羽光君は時には回転しながら縦横無尽に動き回る。大剣が振られると残像の光の帯が土星の輪のように描き出され、彼の周りにまるで刈り取ったように空間ができた。

 しかし、さすがの羽光君も大群相手に疲れてきたのか肩で息をしている。


「ハーミ、危ないっ」


 王子が声を上げる。結界が破れた部分から降りてきた新たな甲冑兵は弓矢を持っており羽光君に矢を射かけてきた。王子の声に反応して剣を振ると、矢は光の粉となって四散する。

 だが、その粉に触れた途端、彼の動きが遅くなった。矢が粉砕されると毒が撒かれるような仕様になっていたのだろうか。


「彼を一人にしてはおけない。僕も行かないと。黒田さん、君の口づけが僕を守ってくれると思う。だから、何があっても心配しないで」

「小塚君、お願い。これが最後だなんて言わないで」


 寂しげな微笑みを残すと、エスランディアの王子は剣を抜いて駆け出す。剣先が鋭利な細い剣。もともと運動神経抜群の彼はシャープな動きで剣を振るう。瞬く間に彼の前に次々に甲冑の残骸が積み上がった。弓を剣で切り払うと彼にも金色の粉がかかるが、王子の動きに変化はない。王子は降りかかる弓をこともなげに粉砕し続ける。しばらくして甲冑兵の弓矢が尽き、弓の攻撃は止んだ。


 王子の参戦で少し余裕ができたのか、羽光君も元気を取り戻している。

 だが、甲冑兵に続いて現われたのは、数人の獣人達だった。


「獣人傭兵だ」飾西君がつぶやく。「イスパニエルに金で雇われている獣人の傭兵です」


 彼らは恐竜図鑑で見た、おなじみの恐竜たちであった。かぎ爪を持った俊敏なユタラプトルや、大きくはないが大きな口にずらりと尖った歯を持ち、3本の指に湾曲したかぎ爪のある長い前足を持ったドロマエロサウルス、尖った歯を持ち前足は小さいが太い後ろ足がたくましい、巨大な恐竜タルボサウルス。

 彼らは人型ではなくて、形はほぼ恐竜に近かった。


 甲冑兵を押しのけるようにして彼らは前に出る。辺りに砂埃が立ち上った。

 斬りかかった羽光君の剣はラプトルに似た獣人のすばやい腕の一振りで砕け散った。

 ざくり。次の一撃で湾曲したかぎ爪がかれの肩から胸を引き裂く。傷口から血を噴き出しながら羽光君が仰向けに倒れる。その上からのしかかるように歯を閃かせて恐竜の口が開く。


 ガシッ。


 閉じられようとした口の中に小刀が縦にねじ込まれた。王子の左手が恐竜の口に差し込まれている。口を閉じた拍子に刀が上顎を貫き、恐竜は悶絶して横倒しになった。


「ハーミ、大丈夫か」


 王子が肩を貸して、胸を真っ赤に染めた羽光君とともに後退する。獣人達、そしてその後ろにまた補充された甲冑兵たちが押し寄せて来た。


「ふん、なんて非力なのかしら。私の偉大さを思い知りなさい」


 つかつかと前に出たマヌーレが右手に獣脚丸をちらつかせながら肩をすくめる。

 オーラが伝わるのか、獣人達が後ろに下がった。マヌーレは彼女の後方で足を止める王子達をチラリと見る。


「役立たずどもは、さっさとお下がり」


 稲光のような輝きと共に、彼女の身体は一瞬にして巨大な恐竜になった。

 それは、図鑑の中でもひときわ恐怖を感じさせる目の上が盛り上がった肉食恐竜。鋭い歯とかぎ爪を供えたアロサウルスに似ていた。

 獣人の血の濃さの違いなのか、私が変化する時は人型をベースにトロオドンの形態が混じるような感じだが、彼女はほぼアロサウルスの体型になっている。

 どん、どん、と両足を踏みならし、アロサウルスは雄叫びを上げた。


 ギャアアアアアアアッツ。


 地鳴りを伴う足音とともに、見かけよりもずっと俊敏な動きで前方のタルボサウルスに噛みついて首を引き裂く。絶命しているのに、手はさらに胸を引き裂いた。それを見て獣人たちが逃げ出す。

 大地を揺るがしながら高速で敵を追うアロサウルス。

 だが、おかしい。彼女が強いから、といって敵が引くのが余りにも速い。

 もしや。


「戻って外動さん、罠よっ」


 ちらりと私を振り向くマヌーレ。しかしその顔には侮蔑の表情が浮かんでいた。

 下々のいうことなど聞かぬ、という訳か。

 羽光君はさすが獣人だけあって、もう傷口の血は止っており王子に肩を貸されながらなんとか歩いている。王子はマヌーレを気にするように時々後ろを振りかえりながら戻って来た。

 羽光君が崩れ落ちるように横たわる。


「大丈夫だ、俺にかまうな。それより結界を頼む」


 彼は手当てをしようと屈みかけた飾西君を制する。


「結界の修復はかなりできました。もう少しで彼らを取り巻く結界も作れます。そうすれば彼らを長方形の結界でくるむようにして穴から押し出します」


 携帯の画面から目を離さずに、飾西君が小塚君に報告した。

 確かに、結界が狭まっているのか、前方の空間に開いた穴から出てくる甲冑兵の数は少なくなっていた。

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