第19話 オムレツパーティ
土曜日。一番早く起きてきたのはなんと寝坊のお父さんだった。朝から洗顔して髪をとかして念入りに歯磨きをして。まるで自分の恋人が来るかのような気合いの入り方だ。シャツの折り目が、妙なところに入っていて、今日下ろしたばかりと丸わかりだ。
次は弟。昨日あらかた片付けた部屋を画竜点睛とばかりに磨き立てる。
「あ、兄ちゃんにエプロンを買ってあるんだ」
ちょっと待て、お願いだからもう小塚君を『兄ちゃん』と呼ばないで。まるで家族一丸となって、私とくっつけようとしているようで恥ずかしいから。
「午前中に来るのよね。昨日の晩にハンバーグとサラダを作っておいたのよ」
目を赤くしたお母さんが起きだしてくる。遅くまで起きて作っていたのだろうか。誰がこんなに食べる、といった量のハンバーグが大皿の上にどっさりと乗っていた。
いや、お母さん。彼のオムレツだけでお腹いっぱいになると思います。なんか、三種類くらい作るって張り切っていたから。
って言うと、夕飯まで居ていただきなさい、と攻め込まれそうで私は薄い笑いをかえす。
皆さん、盛り上がりすぎです。
早朝から上がりっぱなしの皆のテンションがやっとピークを過ぎた、朝10時30分。
ピンポーンと、玄関のベルが鳴る。
タッチの差で弟がインターホンを押し「うおおおおっ」と妙なうなり声を上げた。
「何、どうしたの?」
弟を押しのけて、私もモニターをのぞき込む。
そこには、大きな赤いバラの花を一抱え抱いた黒いジャケットと音符のワンポイントが入った白いトップス、細いシルエットの黒いスラックスといった出で立ちの美青年が……。
モノトーンのコーデに赤いバラが目にしみる。
「ねえねえ、来られたの?」お母さんの声だ。
なんだか彼を見せるのが恥ずかしい、ぞろぞろとリビングに集まる父母を寝室に押し返し、ドアを閉めると私は肩で息をする。
「姉ちゃん、小塚さん入って貰わないの?」
「ちょっと待って、心の準備が」
「準備なんて要らないんですが」
振り向くと、視界が赤いバラで一杯になった。
「お招きありがとうございます、黒田さん」
「ちょっと仁志っ、勝手に上げないでよ」
「でもさ、姉ちゃん。余り待たせすぎて、もし帰られたら一生後悔すると思ってさあ」
何の騒ぎかと出てきた父母は大量の赤バラを見て絶句している。
「ど、どうしましょう。家の花瓶は一つしかないのよ」
「こちらで用意しています」
声と共に現われたのは、羽光君と飾西君であった。羽光君が花瓶を二つ、別々の袋に入れて持って来ている。取り出した花瓶はガラスで、手の込んだ模様が入っていた。飾西君の背負っているリュックからはビニール袋に入った卵がはみ出ている。きっと慎重な飾西君が卵の運搬係を任されたのだろう。
「朝、ひとっ走り行って買ってきた産みたて卵です」
ケツァルコアトルスが鼻をうごめかす。行ってきた、じゃなくて多分飛んできた、なのだろう。大きくて綺麗な卵。いったいどこまで買いに行ったのやら。
「護衛ついでに僕らもお邪魔しますね」いつの間にか羽光君はちゃっかり肘掛けイスに座って、長い足を組んでいる。「いやあ、いいお宅ですね」
相変わらずこのケツァルコアトルスは調子がいい。
そう言えば、あれ飾西君は? しばらく部屋を見回して、カーテンの横の影に溶け込むように立っている彼を見つける。
「どこでもいいから座ってちょうだい、飾西君」
私の言葉に、飾西君はチラリと小塚君を見る。王子塩対応の一件以来、彼は誤解されないように些細なことにまで気を配っているようだ。
「お言葉に甘えよう」その言葉でやっと彼も隅っこに忘れ去っていた丸椅子に腰を下ろす。
「ま、まあ。若い子がこんなに来て、部屋がぱあっと明るくなったみたいよ」
実はちょっとイケメン好きのお母さんは有頂天だ。飾西君は一人でいると平均的な地味顔だが、小塚君、羽光君と一緒にいるとなんだかかっこ良く見えてくる不思議な容姿だ。
「さあ、作りましょうかオムレツ。仁志君、手伝ってくれる?」
「師匠、なんなりとお申し付けください」
ジャケットを脱いで、仁志から渡されたフルーツ柄のエプロンを着ける小塚君。
キュート、妙に似合うっ。と、尊いっ!
カシャッ、カシャッ。
横を見るとお父さんが必死で写真を撮っている。
「りょ、竜子、お前も横に並んだらどうだ」
いや、変に気を遣わなくていいから。私は顔をしかめて、舞い上がっている父を睨む。
「じゃあ、お父様。俺とお母様で一枚」金髪をなびかせてお母さんと肩を組む羽光君。「あ、せっかくだから、黒田さんも入ろうよ、小塚も、そうそうフライパンを持ったままで」
結局、私と小塚君を中心にみんなで集合写真になってしまった。いつの間にかお父さんまで並んでいて、シャッターを飾西君が押している。
「ご心配なく、僕は後で合成して入れておきますから」
「次はみんなで変顔行ってみよう~」
羽光君のかけ声で、みんなが顔を崩す。小塚君、変顔のはずなのに、カッコいいですそれ……。
「なあんか、結婚式の二次会ノリねえ」
母がまた血迷った発言をして、私はオロオロして小塚君の方を見る。
よかった、聞こえていなかったみたい。
写真を撮りおわったら、オムレツ作りが再開する。今度はチーズ入りみたいだ。
「できたあ」フライパンを片手に仁志が声を上げた。
「お、仁志上手になったな」横に立つ小塚君が大きくうなずく。
「兄貴のご指導の賜物です」
なんか、あの二人すっかり兄弟の契りを結んでいるし。
お母さんは、小塚君の作った絶品オムレツをまるで吸引力の強い掃除機みたいに夢中で食べている。「ああ、人の作った物ってなんでこんなに美味しいの」お母さんは首を振って感に堪えないという声を上げる。
お母さんの食べっぷりを見ているだけで生唾が沸いてきた。
「はい、次に待ってるひと――」
「あ、はーい」
私は小塚君のところに自分の皿を持って行く。皿に盛られたぷるぷるのオムレツは横っちょにケチャップで小さくハートがかかれていた。思わず顔が赤くなる。
ふと、テーブルを見ると、こちらを見るお父さんの目が潤んでいた。お母さんは何かを堪えるようにうつむいて。
心配かけていたんだ、今まで。
言わなかったけど、容姿のせいで私が孤独だってわかっていたんだな。
「ありがとう、小塚君。みんなすっごく喜んでる」
「え、僕もとっても楽しいよ。いきなり大家族になったみたいで」
テーブルの上にどん、と温め直したハンバークが出された。
「みんな、サラダもあるしご飯も炊いているわよ」
「わ、俺好物なんです!」羽光君が早速かぶりつく。「おいしーーいっ」
「これ、どうぞ」飾西君が小塚君にそっと小皿に入れたハンバークが差し出す。
「オムレツを作ってばかりで食べていなかったでしょう」
さりげなくフォークまで添えてある。
飾西君、なんて気が利くの。いつでも嫁に行けるタイプよ。
それに引き換え私ときたら……幸せに舞い上がっている自分をちょっと反省。
「うわっ、これ美味しいですよ、お母さん」
一口食べて、小塚君は顔一杯に笑いを浮かべる。こんなに気を許した顔、初めて見た。
「きゃーっ、お母さんって呼ばれちゃったわあ」
母が両手を頬に当てて、少女のように声を上げた。
その日は羽光君の持ってきたゲームソフトで夜更けまで全員で盛り上がった。
小塚君のちょっと子供っぽいところ、負けず嫌いなところ。今まで知らなかった彼の一面も沢山見えて、私はさらにさらにこの人が好きになった。
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