第18話 梅雨入り
一日の休校を経て、火曜日。
雨の中、校庭に何台もパトカーが止っている。玄関と理科室のある五階に通じる階段の両側に警察官が立ち、理科室には侵入不可のロープが張られ、生徒達は声を潜めて日曜日の事件について噂し合う。学校全体が騒然とした雰囲気に包まれていた。
朝のホームルームの時間は、いつもと違ってオンライン授業の時に使われるディスプレイで校長から全校生徒に向かって説明があった。理科室の窓が割れて荒らされ、スプリンクラーに異常を来したこと。理科室に行った先生の体調が悪くなり今週は休まれること、など。
説明されたのは、すでにみんな知っている当たり障りの無い情報ばかり、ネット上の共有掲示板にかき込まれた情報のほうがよっぽど詳細である。
ネット上では、理科室に何らかのガスが充満してスプリンクラーが誤作動し、駆けつけた教師達がガスのせいで怪獣や鳥の幻覚を見たというストーリーが主流になりつつある。警察が捜査上の理由で秘匿しているのか、四散したセーラー服の切れ端の話は出ていなかった。
数日間はビクビクしていたが、呼び出しもなく、尾行の気配も無いため私の心もやっと一息ついている。
「今年は梅雨に入るのが遅かったけど、やっと梅雨になってほっと一息です」
雨にかかるのを嫌そうに歩いている人がほとんどなのに、小塚君は大きな音を立ててカサを打つ雨を嬉しそうに見ている。梅雨に入ってクラブが休みのことが多くなり、小塚君が私をクラスに迎えに来ることも多くなった。でも、最近はだれも表だってはやし立てたりしない。あの二人組がおとなしいのと、羽光君の演説の効果だろう。
私もなんとなく、小塚君と帰ることに慣れてきた。よくわからないけど前世だか異世界だかの因縁で彼は私のことを(困惑するくらい)好きでいてくれるし。
「雨で術が消されるので、奴らはこの時期ここにはやってきません。あのスプリンクラーの利用はそう考えると理にかなっていました。本当なら僕が思いついていなければいけなかったのに、情報も余りない中でそれに気づくなんてあなたはやはりすごい人です」
他人から褒められた経験があまりない私は、照れるあまり引きつった笑顔になる。
「そう言えば、セーラー服の切れ端からDNAで特定されたりしないかしら」
私はかねてからの不安を口にする。
「飾西の調査では、どうやら外動さんのお父さんが警察や公安調査庁の捜査に横やりを入れた様子です。布ぎれは保存されていますが、検査はされずに封印されているようです」
飾西君の調査……って。
私はチラリと小塚君の方を見る。
「まあ、飾西の前ではネットワークセキュリティなどものの役にはたちません。また進展があれば適時報告してくれるでしょう。彼には腕っ節はありませんが、仕事が着実で本当に役に立ちます。ムードメーカーで腕の立つ羽光といい、僕は本当に人材に恵まれています」
小塚君はいつも二人が居ないときには二人を褒めている。だが長い付き合いの彼らを目の前にして褒めるのは照れるらしい。最初は小塚君を完璧な美青年としか思っていなかったが、付き合う内にだんだん可愛いところがわかってきて、私はますます彼が好きになる。
「あ、弟が今度オムレツの作り方を教えて欲しいって」
「あなたからお誘いしてくれるのは初めてですね。了解しました、いつご指南に行きましょうか。今日、弟さんは何時頃帰られますか」
ほっておけばこれからでも来そうな勢いである。前のめりなのは嬉しいが、ちょっとこちらにも心の準備が必要だ。
「今週の土曜日、とかどうですか」
「お任せください、姫」
小塚君は相好をくずしてにっこりした。
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