第46話 ライバルの矜持(プライド)
「予想の範囲内だわ」
強がってみるも、正直どうしていいのかわからない。
迷路の中は幸い周囲が薄ボンヤリと見える。だが、疲れと失血のためか頭が朦朧として、すでに来た時のルートはわからなくなっていた。獣人であるから、傷はすぐに癒えるだろう、だが、すでにもうここが迷路のどこなのかわからない。
体が重い。このまま、ここで誰にも見つからず餓死してしまうかもしれない。
それにしても、二人は無事に逃げられただろうか。
小塚君さえ、逃げていれば私がすべてを置いてここに来た意味がある。
そう思うと、不思議なくらい心が落ち着いてきた。
最後に一言、会話をしたかったな。
ありがとう、大好きでした。って。
諦めにも似た満足感が私を包む。
私は迷路の床にぺたんと座り込むと。獣脚丸を取り出した。
「小塚君……まだ寝ているかしら」
ボンヤリと頭の中に映像が浮かび上がる。
場所は、王宮塔の一室の様だった。大きな窓からさんさんと日が照りつけている。
上には窓がほとんど無い。かなり下の方だ。
その時、私は息を飲んだ。
脳内に映し出されたのは、倒れている王子、そしてその前に立ちすくむマヌーレ。
マヌーレの前には、鞭を持った冷石が立っていた。
「いつもいつも偉そうに命令して。全くあんたは本当に胸くそ悪い女ね、ふふふ」
冷石が邪悪な笑みを浮かべて鞭をもてあそぶ。先ほど私が切断したものとは別の新しいものだ。先端から時々火花が散っている。
「何よ、性格が汚らしい毒蛇女のくせに。お前こそ小ずるいことばかり思いついて、だから誰にももてないのよ」
マヌーレは手ぶらだか、鞭を持った冷石に向かって臆すること無く悪口を吐く。
どの口が言うか、と言いたいような台詞だが、このすがすがしいほど肝の据わった悪辣さが彼女の特徴だ。
「お前に言われたくないね、王子から毛嫌いされているくせに」冷石の薄ら笑い。
「王子は趣味が悪いのよ、純粋に育ちすぎて女性の価値をまともに判断できなくなったの。はっきり言って、黒田を選ぶような人は私だって願い下げよ。でも、私は王子の妻にならないと獣脚の女王としての面子が立たないんだよ」
「ふん。では、妻になった暁には毒殺でもしようって魂胆かい。あいかわらず残虐だねえ。ま、どうでもいいさ、お前はイスパニエルの兵達を沢山殺した敵だよ。とっととあの世に行っておしまい」
冷石の鞭がマヌーレに躍りかかる。
マヌーレは飛び退いて――――――いや、彼女は動かなかった。
彼女の後ろには、小塚君が居た。
私の心にズキンと重い痛みが走る。
好きだったのだ、マヌーレは本当に小塚君が……。
プライドが邪魔して彼にも横柄な態度を取っていたけど。
そして本当に嫌な奴だったけど。
彼への愛は哀しいくらい本物だったのだ。
にやり、と強がったような笑いを浮かべたまま、小塚君の盾となった彼女は、鞭と共に窓を破り宙に投げ出される。
「マヌーレっ」迷路の中で、私は絶叫した。
「ああ、せいせいした」冷石が艶然と微笑む。
「片付いたか」
現われたのは、飴色の杖を持ち深くフードを被った導師。そして、チラリと見えたその顔には斜めに走る傷跡があった。
導師ハサニゲル。
「遅かったじゃない」
「細々と方々が壊されていて、修復に手間がかかったのだ。これでも急いで帰ってきたほうだが」
苦々しげに応えると、彼は傍らの王子に目をやる。
「こいつはトーガ様が、広場で処刑すると言われていた。甲冑兵たちを呼んで下へ運ばせよう」
ぼんやり眺めている場合じゃ無い。
私は頭を振って、脳内の画像を消す。どうにかして、この迷路から出ないと。
右手を壁に付けてずっとたどっていたが、延々と歩いているだけ。時間がかかりすぎる。
出る方向だけでもはっきりとわかれば。
私は頭を抱えて再び座り込んだ。
ん?
私は目を閉じる。闇の中に潜り込むように。
後ろの方から、かすかに何か感じる。
そう言えば、迷宮に入るドアの前から、これを感じていた。
この世界では感じた事が無い特殊な波。ブレの無い正確な――。
獣脚丸がディノ・フェニックスになった私の知覚を爆上げしてくれているのかもしれないけど、実はこの感覚は、元の世界ではいつも感じていた。バックグラウンドになって気にならないほどに。
これは……私は目を大きく開ける。
もしかして電磁波。この世界にあるとしたら、飾西君の携帯?
彼が携帯で電話している?
もちろんかけても誰にもつながるはずは無いけど、電磁波だけは――――私に届いた。
もしかして、方位の目印を送ってくれていたのか?
私はその微細な波の一番聞こえる所をたぐり寄せるように選びながら、迷路の戸を開けていく。幸いこの塔の上部は木造だから電磁波がすり抜けて伝わってくるのだろう。
隠し階段から迷宮に入るところのドア。王子を担いだマヌーレがあそこを開け放っていれば、あそこから電磁波が入ってくる。一番強く受信できるところがすなわちあのドアの方向だ。前世の彼女をよく知る私は、彼女がドアを閉めるとは思えなかった。
いくつかドアを開け進んでいく。と、はっきり今までより周囲が明るくなり始めた。
出た。
最後のドアを開けると、私は迷路の一番外の円周状の廊下に立っていた。
そこには開け放ったドアとそこから隠し階段が見えた。しかし、この隠し階段の先には兵士達が待っているだろう。もし隠し階段で暴れれば、階段が崩落するかもしれない。
私は円周上の廊下を走ってみる。しばらく行くとそこには大きな階段があった。
下に通じる正規の階段はここか。
しかし、階段には待ち構えるように甲冑兵たちが階段を充満するようにずらりと並んでいた。私の姿を見て、彼らは一斉に剣を振り上げる。
もう、鳴弦岳の頃の私とは違う。怖じ気づいたりしない。
私はディノ・フェニックス。最強の獣人。
羽根が立ち、私の体に力がみなぎった。獣脚丸が虹色に輝く。
ええい、雑魚は邪魔をするな。私は大きく剣を一振りする。
大剣の先端から噴出する衝撃波で景色が歪む、それが舐めたところには、甲冑の残骸が盛り上がっていた。面白いように敵が粉砕されていく。私は剣を振り回しながらどんどん下に向かっていった。
それにしても生身の兵士が居ない、導師が呪術で作った脆い兵ばかり……人を兵士として雇っていないのか? もしかしてトーガは反乱を恐れている? 民心が自分を指示していないと感じている?
あの金髪の青年が強い者に異常な関心を寄せて憧れるのは、自分に自信がないコンプレックスの現われかもしれない。だから疑心暗鬼になり民衆にしつこく洗脳を繰り返し、国土を拡大することで自分のすごさを見せつけようとしている。
ふと、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます