第47話 こんな姿を晒していたなんて

 どれくらい殲滅しただろうか。

 次々と波のように押し寄せてきた兵が、大剣の一振りで消えた後。

 ふと、前方が見渡せた。

 そこは、高御座のある広間。さきほどまでトーガが王座に座っていたところだ。

 皆逃げたのか、ガランとして人の気配がなかった。だが。


「待っていたぞ、獣脚の」


 地を這うようなしわがれた声。

 私の目の前には、年期の入った杖を握り、灰色のマントに身を包んだ年齢不詳の男がたった一人立っていた。


「現われたな、ハサニゲル」

「ディノ・フェニックス――か。獣脚丸の力で超人化したお前は、甲冑兵が山のように向かっても、ガラス細工のようにやられてしまう。術で作り出すだけ無駄という訳か。やはりお前は儂が討ち取らないといけないようだな」


 大広間は、すべての窓や戸が閉められていた。

 シャンデリアの光の中、私とハサニゲルだけがにらみ合っている。

 また、変な術を出されたら厄介だ。さっさとやっつけてしまわなければ。

 私は獣脚丸を思いっきり振り、導師に向かって衝撃波を投げつける。


 だが、導師は何かを唱えながらおもむろに杖をバトンのように回し始めた。杖の残像が透明な円盤のように輪郭だけ浮き上がる。波動はその円盤に当たると、今度は螺旋状に旋回しながら反転して、私の方に向かってきた。避ける余裕はなかった。


 自分の渾身のパワーをもろにくらった私は壁にめり込む。閉じかけた背中の傷が再び開き、一旦おさまっていた激痛が再び全身を駆け巡る。


「ふふふ、風でも吹いたかな」


 ハサニゲルは余裕の笑みを浮かべた。壁に背中を付けてなんとか立ち上がると私は肩で息をしながら奴をにらみつける。


「自分の攻撃の味はどうだ?」


 透明な円盤を体の前に作りながら、ハサニゲルは嘲るように目を細めた。

 ええい、貫通してやる。

 剣で切りつけるが、回転にはまり私は床にたたき付けられた。

 このままでは攻撃できない。回転を止めなければ。

 棒をまわす手を狙って衝撃波を出すが、そのまま跳ね返ってくる。向かって来る衝撃波を剣で防御した瞬間、獣脚丸が嫌な音を立てた。

 黒く焦げたところに大きなヒビが入っている。

 まずい、いつ折れてもおかしくない状態だ。

 あいつは私に攻撃を重ねさせて獣脚丸を無力化するつもりだったのか。


「頭の弱い奴だ。まだ懲りないのか」導師が薄ら笑いを浮かべる。「どうする、降参か?」


 獣脚丸のパワーには頼れない、どうすればいいのか。私は必死で考えていた。

 この世界でも、基本的な物理法則は同じはず。

 物理の時間に出てきたっけ。回転するものは、中心からの距離が遠いほど速さは速いが、物体を回転させる力、モーメントは少ないって。

 狙うのは外周ギリギリだ。


 私は踏み込んで剣を振りかぶると、渾身の力を入れて外周ギリギリの所を回転の逆方向に振り下ろす。

 激しい火花が散り、回転運動が止る。

 奴の姿が見える。

 飛び込んだ勢いのまま、私はハサニゲルを殴りつける。半分顔が潰れたようにひしゃげながら、導師は血を吐いて宙に飛んだ。そのまま、体から床に落ちる。

 だが、彼の手がけいれんしながら、杖を振った。


「おのれの醜い姿を見るがいい」


 言葉と共に、広間の壁という壁が鏡に変わった。


 私は、今まで自分の手や体は見ることができた。

 かぎ爪の付いた指、筋肉が浮き出た四肢。恐竜から進化した獣、ならば仕方ないと思っていた。顔も恐竜に近くなっている、と覚悟はしていた。


 でも。


 周囲の鏡に映し出されたのは、蛇を想像させる長い顔、顎まで切れ込んだ大きな口、縦に長い鼻の穴。

 そして無機質なまん丸い目。獣というよりも爬虫類を思い出す目。

 頭の中で想像していたものとは全く違う、あまりにも不気味な姿だった。


 こんな姿を小塚君に晒していたなんて。

 あまりのショックに獣脚丸を持つ手がブルブルと震える。

 獣脚丸の虹色の光が動揺するように点滅し、私の体は恐竜人と人間を行ったり来たりする。


「不気味だなあ。なんて醜悪な顔なんだ。自分でもじっと見ていると気分が悪くなるだろう。このはげ上がったようなみすぼらしい頭頂の毛、汚らしい羽毛、狂気を感じさせるような大きな目」


 ハサニゲルがニヤリと笑って、ひとつひとつ醜さを解説する。

 だが、それはすべて本当の事であった。


 何、こんなところでショックを受けているの。あんたが醜いのは元々じゃない。

 内側から叱咤する声がする。

 だが、動けない。

 目の当たりにした現実は、余りにも――。


 私の動揺を見て取ったか、よろよろと立ち上がったハサニゲルが詠唱を唱え出す。

 私の体が、見えない糸で縛られていくかのように硬直する。


『その外見が君のものならば、どう変わろうとも僕は好きだ』


 小塚君の声だった。瀕死の獣脚丸が弱い光を点滅させる。

 彼の心を伝えてくれているのか。


『王子があなたを大好きな理由は、あなたが心の綺麗な人だからだと思いますよ』

『内面が好きになれば、顔なんてどうでもいいんです。僕たちは世界でたった一つのあなたの顔が好きなんだから』


 飾西君と羽光君もそう言ってくれた。


「お前達の世界では、儂の力は千分の一も出せなかった。しかし、磨音杖を張り巡らしたこちらの世界では違うぞ。お前の動きも止ったようだし、あの時の様にどこか遠い過去に転生させてやる。もう一度その醜い外見で辛酸をなめるがいい」


 いやだ。

 小塚君のことを忘れたくない。小塚君ともう一度会うためにここに来たのだから。

 小塚君は私の外見なんか、気にしていない。

 なんだか鳩尾から力がみなぎってきた。

 もうちょっとだけ力を貸して、獣脚丸。


 腹の底からの雄叫びを上げる。


「うるさい奴だな。まあ、叫べるのも今のうちだ、お前の体はここで滅びる。お前の波動のみ、どこか遠い過去に飛ばしてやろう、覚悟しろ」


 杖の輝きと共に、体中がどす黒い帯状のもやに包まれた。

 あの時、あの時もそうだった。

 マヌーレをかばって、巻き込まれた時も。


 私は獣脚丸を握りしめる。

 そして、全身に力を込める。

 負けられない。こいつにも、そして自分にも――。

 体に絡みついていた黒いもやが、膨れ上がって細かくちぎれた。


「な、なにっ」


 ハサニゲルが狼狽した様子で後ろに飛び下がる。

 私は獣脚丸を振り上げた。


「お前は造竜を作り、沢山の罪も無い女性達の命を奪った。生かしてはおけない。覚悟しろ」


 実験塔の物干し場で、主を失って悲しげにはためくいくつもの服が蘇る。


「ええいこうなれば、お前も道ずれだ」


 ハサニゲルの体が火の玉のように膨張する。

 それはみるみるうちに大きくなって。


 だが。

 体を包んでいた閃光の膨張が止った


「な、何っ」


 ハサニゲルは体を光らせながら何度も杖を振るが、何も起らない。


 そこに飛び込んできたのは、羽光君と飾西君だった。


「やっと磨音杖のネットワークを遮断できました。もうこいつの力は限定的です。僕の作る結界で包めるほどに」

「な、何っ」


 ハサニゲルの顔面が青くなる。


「わざわざ遠くの磨音杖を壊していたのは、お前の注意をそちらに逸らすためだった。気づかれずにお前の力の源、広場の太い円柱に無効化の細工をするためにね」

「理科室でお前を殺しておくべきだったよ」ハサニゲルが歯がみする。「しかし、修行もしないお前がなぜ儂の術を――」

「二つの世界の法則を学んでいるからね。魔術と科学。でも、根底はつながっているんだ」

 

 静かに、でも強い口調で飾西君が応える。


「相変わらず、地味だけどいい仕事するわね、飾西君」


 さすが、王子の側近。しばらく合わなかったけどやっぱり有能。


「よく言われます」


 ピクリとも表情を動かさずに返答する飾西君。結界をコントロールしているのか手は携帯の上で小刻みにステップを踏んでいる。

 ハサニゲルは自らの体を燃え上がらせながら憤怒の形相のまま硬直している。


「奴の術は僕が封じます、ですがもうしばらくすると自爆するでしょう、一刻の猶予もありません。ケツァルコアトルスで郊外に運ばなければ」

「黒田さん、ここは僕らに任せてください。あなたは――」

「王子を追うわ」


 身を翻した私に羽光君が叫ぶ。


「あ、マヌーレは無事ですよ。俺が間一髪でキャッチしました」


 心の中に引っかかっていた何かがポロリと外れる。

 嫌な奴だけど、『同じ気持ちを持った敵』は心底恨めない。よかった。


「派手だけど、抜かりないわね」

「よく言われます」


 羽光君がニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る