第42話 電撃の鞭

 私の変身を見た冷石は出口に向かって身を翻す。


「待てっ、逃がさないわよっ」


 羽根をコントロールしてその前に降り立つ。私の心を察したのか、獣脚丸は大剣から細い棒に変わっていた。

 逃げられないとふんだのか、冷石は足を止める。

 そして私の持つ棒に目をやって、薄笑いを浮かべた。


「甘いわね、サウルス。敵に情けをかけるなんて。せっかく伝説のディノ・フェニックスになっても、その気の弱さでは力を充分に生かしきれないわね」


 長くて細い片足がロングスカートのスリットから出て、床を踏みしめる。

 その脚は、しっかりと筋肉の付いた鍛え上げられた足だった。


「冷石、小塚君の痛みを思い知れ」


 思いっきり棒を振り下ろす。

 冷石は口角を上げて余裕の笑みを浮かべる。

 そして、手に持った鞭で棒をひっぱたいた。


 ビシッ。衝撃が全身を硬直させ、私は棒とともに後ろに跳ね飛ぶ。

 鞭の先が触れた床には稲妻のような閃光が走り、激しく火花を上げた。

 電気鞭。

 こんな技術がこの世界にあったの? 

 それとも冷石があちらの世界から持ってきた?

 獣脚丸の一部が黒く焦げている。


「天才ハサニゲル様特製の電撃の味はいかが?」


 全身が痺れ、私は床に腰を突いて立つこともできない。

 冷石がもてあそぶように鞭の途中をもって、ヒュンヒュンと回転させた。

 再び、鞭が私を襲う。


 間一髪。

 痺れが和らいだ筋肉を叱咤し、横っ飛びして電撃から逃れる。

 獣脚丸は使えない、感電してしまう。


 そう言えば、冷石は高校で新体操部に入っていた。まるで新体操のリボンのように鞭が鮮やかにしなり、私の居た場所が黒く焦げ付く。

 見たところ危ないのは鞭の先端だけだ。だが、途中を刀で切ったとしても、もし電線のような構造が内部にあれば、そこから電気ショックを受ける可能性がある。


 繰り返される鞭での攻撃。

 私は棒で鞭の中央を床に押さえるように打ち付けて、彼女に跳び蹴りを食らわす。

 だが、彼女の鞭さばきは、鍛え上げられていた。

 鞭の中央を押さえたが、それを予想してすでに力を伝えていたのか鞭の先端が鎌首をもたげるように浮き上がる。

 私の脚が彼女を捉えるよりも先に、鞭の先端が私に当たる。

 弓なりになって硬直した身体が肩から床に落ちる。

 痺れた身体はしばらく動かすことができない。

 いや、今度喰らったら多分命は無い。


 あの先端をどうにかしないと。

 何か――、何か絶縁体は。ガラス、ゴム、プラスチック、だめ、手元には無いっ。


 ふと。


 鞭が向かって来る。

 何度も攻撃を受けて、先端位置の予測は付いていた。

 反射神経なら、任して。

 絶縁体なら、あたしの手元にあったわ!


 がしっ


 左手の厚いかぎ爪で先端を掴む。ブルブルと左手が震え、手背の腱が浮き出た。

 鞭の動きが限定される。時を逃さず右手の獣脚丸で鞭を絡め取った。


「なぜ、電撃が効かない……」


 冷石の顔色が変わる。


「悪かったわね、爪は絶縁体よ」


 先端を左手の爪で固定つつ、綱を絡め取った獣脚丸を引っ張る。


「力ではおまえに負けないっ」


 瞬間、右腕の上腕二頭筋が盛り上がり、派手な力こぶが出現する。

 広背筋がぐいっと引きしまる。


 どう゛ぇええええええいっ。


 人外の叫びを上げて、一本釣りをするように思いっきり引っ張りあげた。

 鞭ごと冷石は宙に舞い、壁にめり込むように激突する。


 ぐっ、ぶぇっ……。


 潰れたカエルのようなうめきを上げて、冷石はずるりと肩から床に落ちて白目を剥いた。

 回収した鞭は手元にスイッチらしき構造がある。それを切って私は刀に変えた獣脚丸で鞭を両断した。


 パン パン パン。広間に響く、尊大な拍手。


「美しい、なんと禍々しい美しさだ」


 兵に囲まれて逃げようとしていたトーガだが、黒いマントをなびかせて高御座で立ち止まっている。そして、こちらを見て讃えるように両手を高く挙げた。


「トーガ、獣脚丸は私が持っている。もう情報源としてエスランディアの王子は必要無いでしょう。頼む、国に返して」

「ふん、お前は王子を助けに来たのか、興ざめだな」


 トーガは顔をしかめて肩をすくめる。


「ここまできたのは褒めてやるが、まあ助けることは無理だな。外から牢を壊せば王子は死ぬような仕掛けにしてあるし、内からは牢番しか行き来できない複雑な迷路になっている」

「考え直して。王子を返せば、和平への一歩にもなるわ」

「お前の言うとおりだ」


 良かった。小塚君と一緒にエスランディアに――。


「奴から得られる情報は無い。ならば、殺すまでよ。儂は以前からあのすかしたエスランディアの王が気にくわなかった。だが、ご自慢の王子が拉致された上に亡くなれば、さすがのあいつもさぞや意気消沈するだろう。国を統べる王の気力がなくなれば、エスランディアなどひとひねりだ」


 楽しげにトーガが高笑いをあげた。


「そうはさせないわ、その前に私がお前をぶった切る。もともとこの国の人たちは温厚で優しい。だが、人が良いだけにお前のしょうも無い説教にだまされているのよ。野望にまみれたお前を残せば、この国はまた戦争に突っ走ってしまうわ」

「お前、我が妻になって共にこの近隣を統一した大きな国、大イスパニエルを作らないか、そうすれば戦争はなくなるぞ」

「武力による統一は、内乱を生むだけ。放置していても、気があう国同士は人や文化の交流で密接に融合していく。いたずらに人が死ぬ必要は無いわ」

「私に意見する気か。面白い、お前がますます欲しくなった。お前達、なんとしてでもこの女を捕獲しろ」


 気持ち悪い。そんなモテ期、願い下げだっ。


「覚悟しなさい、トーガ」


 だが、踵を返したトーガを追おうとした私の脚に、鞭の切れ端が絡みついた。

 派手に床にたたき付けられた私が振り返ると、這いつくばりながら先ほど切断した鞭の一部を握りしめる冷石がいた。


 しつこい蛇女め。

 私は足に絡まった鞭を刀に姿を変えた獣脚丸で切断する。

 だが。


「さあ、あの女をお前の剣で屠っておしまい」


 冷石の視線の先に立っていたのは、焦点の合わない目をした羽光君だった。




 飾西君も優しいけど、羽光君もとっても優しい。

 がさつに見えるけど、実はいつも私たちのことを気遣って、明るく気分を盛り上げてくれる。

 クラスに居やすい雰囲気を作ってくれたのも彼。

 おおらかで、いい人。

 だから、きっと冷石にだまされたのね。『捕まって連れてこられたの、助けて』とか言われて……。


 後頭部が熱い。息が荒くなる。

 羽光君がゆらりと大剣を持ち上げた。

 だめよ、あなたとは戦えない。

 いや、もし戦ったとしても、パワーのある剣の達人の彼に勝てる自信は無い。


 彼が剣を振り上げる。


「羽光君、ハーミ、起きて、私よ」


 絶叫も届かない。

 剣が振られ、閃光が走った。間一髪で私は剣の作り出す衝撃波の鉄槌を逃れる。

 ガラガラと壁が崩れ落ちた。

 彼はなにか夢でも見ているような表情で再び私に剣を向けた。

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