第50話 思いがけない賓客

「トーガは結局追放されて、荒れ地の開拓をするらしい」


 午後のお茶の時間、金糸の縫い取りのある真っ白な上下に身を包んだ王子がコーヒーを飲みながら最新情報だと伝えてくれた。

 今日は国王から何か直々のお達しがあるとのことで、礼服を着ている。


「また同じ事の繰り返しでは無いんですか?」


 レモンを入れた紅茶を飲みながら飾西君が首をかしげる。彼は前回と同じ黒の礼服を着ている。似合うのだが、窮屈なのかちょっと動くごとにあからさまに嫌な顔をしている、一刻も早くいつものファストファッションに戻りたいといった感じだ。


「それがな、意識を取り戻した冷石がな、一緒について行くって言ってるんだ。どうやらトーガのこと、好きだったみたいで。トーガも喜んでいたらしい。ま、目の前で王子と黒田さんにあそこまで見せつけられては、諦めもつくだろうしな。おい、飛ばすな飾西。紅茶のレモンはそっと絞れ」


 派手な礼服を着こなしながら羽光君が目を剥いて怒る。


「残念ですね、良い香りなのに」

「服も汚れるんだよ、普段は緻密なのにおまえどこか鈍感なところがあるな。あっ、王子までレモン汁を飛ばさないでください。今の絶対わざとでしょう」


 三人が楽しそうに喧嘩している。

 冷石、頑張れ。二人で幸せになれ。

 本当に残酷なことしてくれたけど、あなたなりにトーガに尽していたのね。

 命がなくなってしまったかと思っていたけど、あの後、ダメ元で人工呼吸とかいろいろやってみたのが良かったみたい。獣人ならいざ知らず、普通の人間では戻ってくることはないのですが、って飾西君が絶句していた。もしかしてあなたにも少しだけ遠い祖先に獣人の血が混じっていたのかもしれないわ。意地悪さも最強だったけど生命力も強かったってわけね、あなた。

 きっとこの世でもっと償いをしなさいって神様が言ってるのかもしれないわ。一人では辛いことも二人なら半減するよ、きっと。

 それにしても。禍の元には、不幸が隠れている。できるだけ世の中から不幸が無くなるように。私は心の中で祈った。


「冷石は家族もイスパニエルからの派遣だったらしいな。こうなったらあちらに居る必要無いし、全員夜逃げするだろう」

「一家がまるごといなくなれば一悶着あるかもしれませんが、まあ自然と風化するでしょう。人の心の中には『正常バイアス』ってものがありますからね」


 飾西君の言葉が終わったとほぼ同時に侍従がやってきて、国王への謁見が伝えられた。




「ハーミ卿、飾西卿、二人とも良くやってくれた。そして、クローダさん、あなたにはどれだけ感謝してもしきれないくらいだ」


 国王は帰ってきた当日、人払いの後に手を握りながら涙を流して礼を言ってくれたのに、その後も会うたびに感謝の言葉を重ねてくれる。見た目は威厳のあるエスランディア国王だけど、やっぱり影では息子が大切な優しいお父さんなんだな、って思う。


「今日は君たち四人に特別なお客様が会いに来てくださったのだ」

「お客様? お言葉ですが国王、わたくし思い当たる節が全くありません」


 羽光君の言葉通り、皆首をかしげている。誰が来るのか内緒にされているのか、王子まで眉をひそめている。


「そうかな、みんなが知っている人だぞ」


 国王は悪戯っぽく微笑んだ。この人こんな顔もするのね、ちょっとびっくり。


「実は、ラータ導師がこの件で、来てくださったのだ」


 王が持ってこさせた宝石箱の中に、無残に黒く焦げて真っ二つになった獣脚丸が乗っていた。


「ラータ導師は百年前にこの獣脚丸を作り、獣人の長に授けたが、力の増幅が強すぎてあまりに残虐な使い方をされるため、二度と作らないという誓いを立てて姿を消してしまったのだ。だが、新しい使い手がこの魔法具を正しく使ってくれているという噂を聞いて、修理にお越しくださった」

「あの、伝説の導師が」


 王子までが興奮して叫ぶ。

 後方から見ていると、王子の白いマントに刺繍されたエスランディアの国章が煌めいてとても綺麗。気品がないとなかなか着こなせないわよ、これ。

 見ているだけで思わずにやにやしてしまう……。


 その時。

 カツ、カツ、カツ……。ヒールの音が広間に響き渡った。


「導師ラータ・ム、最果ての地へのご来訪、誠にかたじけなく存じます」


 国王まで、王座から降りて膝を突いて頭を垂れている。

 だが。


「先生? どうして」


 礼装している三人とも、いきなり高校生の顔になる。


「キャー、三人ともとっても素敵じゃない。コスプレ似合うわあ、写真撮りたいくらい」

「勘弁してください」羽光君が頭を掻く。「驚かせないでくださいよ、で、伝説の導師ってどこに?」


 保健室の主、村田先生はおもむろに自分で自分の鼻を指した。


「ラータ・ム。ムラタ、あああああっ」羽光君がのけぞる。「アナグラムかあ」

「お前達、頭が高い」


 慌てて国王が叫ぶ。


「いいのよ、楽にして。この子達は私の生徒でもあるんだから」


 ぽかん、と立っている私に近寄ると村田先生はぎゅっと抱きしめてくれた。


「大変だったみたいね。知らなくてごめんなさい。黒田さん、本当によく頑張ったわ。あなたは学校でもそうだった。嫌な事があっても、その負の感情を人に向けず自分の中で消化して、人にはより親切に振る舞っていた。あなたを見つけてくれる男の子がいて本当に良かったわ」


 村田先生は国王にくるりと振り向いてにっこりと笑う。


「第一王子のご慧眼けいがん、賞賛に値しますわ。千年に一度の名花をよくぞ手折られました」


 国王はポカンと口を開けて目を丸くしたが、すぐさま深々と頭を下げた。ちょっと私のお父さんの仕草にも似ていてほっこりする。それにしても、村田先生、ハードル爆上げすぎです。

 ま、先生の事だから、これくらいはったりきかせておいたほうがいいのよ。なんて、心の中でウィンクしてるんだろうな。





「さてと、あなたの親友を復活させないとね」


 村田先生は小さな台と椅子を運ばせると、目の前には明らかに私たちの世界のものだとわかる小型ライトを置く。傍らから工具箱みたいなものを取り出して目に細長いルーペを付ける。


「老眼じゃ無いからねっ」


 皆の視線を感じた先生がこちらを睨んだ。

 誰もそんなことは言ってませんが、先生これを作ったのが百年前って、あなた一体いくつなんですか。

 皆聞いてみたいけど、ぐっとこらえている。マナーだからね。


 数分後、見違えるように綺麗になった獣脚丸がそこにあった。

 もちろんかすかに焦げとひびはあるけれど。これは一緒に戦った証よ。


「はい、あなたの親友」


 先生の細い指が獣脚丸をつまみ上げる。

 私の正装、白いセーラー服の左胸ポケットに細い銀の棒はうれしそうに滑り込んだ。


「先生、俺の翼竜丸もグレードアップしてよ」

「もしよろしければ、僕の携帯式術具も」


 羽光君と飾西君がそれぞれ差し出していたけど『使ってレベル上げしなさい』って一蹴されていた。

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